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お祭り

あのころはまだ、夏と言っても30度を超えるか超えないかくらいの暑さで、けれども彼は顔を真っ赤にして言った。
「30日の祭りで、告白する、から行かね?」
「え」
行く、と瞬間的に私は答えた。
「浴衣、着てきて欲しい?」
「うん」
「じゃ、そっちも着てきてよ」
「持ってねー」

『次のニュースです。四国地方の記録的な大雨の影響で、30日夜までに5人の遺体が見つかっています。警察は土砂災害等の二次被害を警戒しなから行方不明者の創作を続けています』
私の家は冠水して、近いうちに東京に越すこととなった。
祭りは行われないまま、私たちの夏は彼方へ流されてしまった。

「そっかー、東京出てきてたんだ。連絡先変えちゃってたし全然知らなかった」
「高校の友達とは連絡とってるの?」
「ううん。上京でバタバタしてて、それっきり」
社会人二年目、彼が取引相手として現れたのは全くの偶然だった。
「東京の夏は暑いね」
「あっちの方が南にあるけど、涼しい記憶ある」
「風鈴とか欲しい」
「あね、あんま売ってないかも。こっちでは祭りの屋台とかでしか見たことない」
「あー。行きたいね?祭り」
その言葉に、耳の後ろが熱くなるのを感じた。
「コロナで今ないよ。祭り」
「じゃ。祭り、勝手にやっちゃおうよ」
私の家に帰る途中、彼はコンビニに寄って。
線香花火とコンドーム。
5円のレジ袋の中身を見ないフリした。
もうすぐ恋人になるふたりだ。

7/28/2023, 4:48:12 PM