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嵐が来ようとも

ラジオの声は俺たちの唯一の娯楽であると同時に、嵐を告げる呼び鈴であった。
「これやばくないっすか?過去最大規模の台風って、この河原も氾濫しても」
「木原、お前もう家帰れ」
木原は、少し俯いて黙り込んだ後、ヘラりと笑った
「無理っすよ」
「あ?つべこべ言わず先輩の助言を聞けよ。いいか?帰れる家があるうちは幸せだ。溺れ死ぬか、お国の世話んなるか、戻れる時に戻らねえと、俺らホームレスの末路はそんなもんだ」
「今更嫁と子供に合わせる顔なんてねえっすもん」
「馬鹿野郎、嫁さんに旦那が死んだかもしれねえっちゅう不安背負わせるつもりなんか?」
「いや。心配なんか」
「してるさ。わかってんだろ」
「だって、俺が浮気して、全部積み重ねたものぶち壊して」
「てめえが壊したもの直しもせずに逃げるのか?随分と無責任だな。お前に罪悪感があってこんなことになってんなら、ちゃんと話しして謝んのが筋ってもんだろ」
木原は、少しの間考え込む素振りを見せた。その瞳は水面のように揺れ動いている。
「許してくれるっすかね」
「許して貰えるまで謝んだよ」
木原が立ち上がって、頭を下げる。無言の空間に流れる水の音だけが響いた。やがて、長い時間が経って、木原は俺に背中を向けて歩き出した。ふと思い立って
その背中を引き止める
「おい!」
「なんすか」
「これで銭湯にでも入ってから顔見せろ、清潔感のねえ男は嫌われる」
「経験談っすか」
「うるせえ」
輝きの鈍った200円。木原はそれを恭しく受け取る。
「あざっす。今度何十倍にしてお返しします」
「施しは受けねえ」
「お礼っすよ」
木原は歯を見せて笑った
「勝本さんは帰らないんすか?」
「ああ、国のお世話になることにするよ」
「っすか?ご無事で。」
お前もな。と祈りを込めて目を閉じる。

なあ、木原。同じ河原で、隣同士のダンボール生活。お前は川のこっち側で、俺はあっち側にいるんだろ?
たとえ嵐が来ようとも、帰れる家を、俺は失ってしまったのだ。

7/29/2023, 4:29:43 PM