若干の肌寒さと、麗らかな春の陽気が混ざり合うこの季節。年度の節目とも重なる時期には優しい色合いの花々が、太陽の光を浴びて鮮やかに輝く。
旅立つ若人を送り出し、新たなる世界へやって来る者を歓迎するその花はこの国を象徴するに相応しい。
#美しい
右を見れば犬の耳を持つ人間が居て、左を見れば尖った耳を持つ人間が居る。上を見たならば箒に乗って悠々と空を飛んでいる。
俺が迷い込んでしまったこの世界ではこの光景が当たり前で、日常で、常識であった。
どうやらこの世界には『魔法』というものがあるらしく、今俺が居る場所も魔法学校だ。人間だけではなく獣の耳や尾を持つ『獣人』に、永い年月を生きる『妖精』まで存在しているらしい。
事実、俺の周りには人間も獣人も妖精も、果ては人魚までもが勢揃いしている。
魔法が使えない俺であるが、紆余曲折を経て相棒と共にこの学園で様々なことを学んでいる。元居た世界とはあらゆるものが違っていて、勉強がとても楽しい。
偉人達も全く知らない人物だし、各人が成した偉業にも非常に興味が湧く。
俺自身が魔法を使えたなら、きっともっと楽しい日々になるのだろうと常々思ってはいるが、結局のところ相棒とマブ共が居れば魔法が使えようが使えまいがどっちだって良いんだ。
お前達が居てくれるだけで俺は無敵になれるのさ!
この世界の空も、星も、花、海、あらゆる自然が、俺の事を受け入れてくれている。最近、なんだかそう感じるようになってきた。
#この世界は
人を殺しました。相手は同じサークルの先輩です。
理由はよくある普通なものでした。
私の家はお世辞にも裕福とは言えないもので、私がこうして大学に通えているのも必死に勉強して学費免除の資格を得ることができたからです。
本来ならばサークル活動などに割ける時間はありませんでした。ですので、今私がここに居るのは全てあの男のせいだということなのです。
私は田舎から出てきて間もない世間知らずでしたから、騙すのはとても簡単だったことでしょう。私としてもあのような馬鹿な男の馬鹿げた話を鵜呑みにしてしまった己の愚かさを悔やんでいます。
しかしもう手遅れです。縁を切ろうとしても直ぐに捕まってしまう。そして何度も繰り返すうちに私に逃げ場はなくなってしまいました。
このままじゃいつか私が殺される。そんなのは嫌だ!こんな男に殺されるくらいなら!
そして私は男を刺した。初めは心臓を狙おうかと思ったけど失敗した時が恐ろしかったので腹、主に鳩尾の辺りを刺すことにした。何度も何度も、何度も何度も何度も…
もう私に生きている意味はありません。人殺しがのうのうと生きていられるほど、この国の人間は優しくありませんから。中身を入れ替えたポットを持ってきて中身をあちこちにばら撒くそしてマッチに火をつけ…
どうして?どうして助けようとするの?
「わけなんているのかよ?人が人を助ける理由に、論理的な思考は存在しねーだろ?」
「だからアンタは黙って俺に助けられてろ!」そう言った君の顔が忘れられない。
#どうして
今日も今日とて、制服のエプロンを身につけコーヒーを淹れる。
意外と僕はお客様に人気のある店員らしく、店内には女性客の姿がちらほらと確認できた。
カランカランとドアベルが鳴り、少し冷えた風が入ってくる。やって来たのは2階に住んでいる我が師匠の娘さんに、居候の男の子。男の子の方は少々油断ならないところがあるが、彼女と共に来店してきたということは今日のお昼はここで済ませるつもりらしい。先生はどこかへお出かけなのだろう。
彼らは僕ともう1人の先輩店員に対してとても気さくに話してくれる。今日も、昨日学校であったことや友人の面白い話などをして皆で盛り上がっている。僕は時々口を挟みながらその様子を眺めていた。
彼らが笑っている姿はとても微笑ましく、穢れなんて知らない美しさを感じた。
この日常だけは、何としてでも守ってみせる。
僕は改めてそう誓った。
#ずっとこのまま
まだ薄く月が見えるなか、イヤホンを着けてお気に入りの音楽を探す。見慣れた街並みを素通りし、いつもと同じ道を歩いていく。
軽く荷物を持ち直し、改札を通ったら駅のホームで待っている君が「おはよう!」と笑う。
今日の授業なんだっけ?小テストあるの知ってた?
そんな他愛のない話をしているとあっという間に電車は最寄り駅に到着する。
同じ制服を着た人間についてぞろぞろと進んでいくなかで、気がついたら君は車道側を歩いてくれている。そんな事しなくてもいいのにと思いながらも、嬉しくてつい舞い上がってしまう。
君が誰にでも優しいのはよく知っている。だってずっと隣で見てきたから。私が特別なんじゃない。だからこんな日が来るということも分かっていた。分かっていたつもりだった。ずっと目を背けてきていたけれど、私に見せる顔とあの人に見せる顔は全然違うんだ。
私の前でもたくさん笑って、泣いて、怒って…色んな表情を見せてくれていたけれど、あんな顔私は知らない。あんな風に頬を赤く染めて!愛しいものを見る目なんて知らない!
どうして私じゃ駄目なんだろう。どうしていつも報われないんだろう。どうしてあんな男を選んだんだろう。どうして、どうして…
いつもと同じ音楽を流して、いつもと同じ道を歩く。今日はすれ違う人達が皆私を避けるように道を開けてくれた。
もう節分も過ぎる頃だろうに、なぜだかいつもより頬が冷たく感じる。
#寒さが身に染みて