不特定多数

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8/31/2024, 6:00:00 PM

不完全な僕

「ただいま……」
昨日までは宛先のいたその言葉は虚しく響く。
人ひとり分がなくなった部屋では僕だけが取り残された様だった。
妙に疲れて料理する気もなかったので、昨日の残り物を温める。ぼうっと回る皿を見ていると、指先で何かが光っていることに気が付いた。彼女とのペアリング。いつか、薬指にも着けるのかなんて笑っていたことを思い出す。レンジの明かりでシルバーがオレンジになっていた。
冷蔵庫のマグネットは君と出かけたときにお土産で買ったこと。マグカップはお互い好きなデザインにしたのに似たものを選んでしまったこと。クッションやぬいぐるみを選ぶのはいつも君だったこと。
部屋を見れば、僕の半分なんじゃないかってくらい君との思い出ばかりだった。
いや、本当に、僕の心で君は半分を占めていて、君が出ていってしまったときから僕の心は半分なくなっている。
この喪失感は自分自身がなくなってしまったから、そういうことなのだ。
これから僕は不完全になる。

8/7/2024, 3:22:11 AM

太陽

あの人を言葉で表すと、太陽だった。
みんなを平等にあたたかく照らし、その光の下にいれば何からも救われるような気すらする。
誰かが光のあるところには影があると言ったが、私の知る限り、あの人自身にはそんなものはなくただひたすらに、光であった。
そして、太陽は一人でも輝くことができた。私が、誰かがいなくても。
その強い光が眩しくて、耐えられなくて。
私には遮光板越しに見ることしか叶わないのです。

8/5/2024, 5:37:46 PM

鐘の音

君に指輪を嵌めている彼の瞳を見て、この間のことを思い出したんだ。幸せにしてやれよって言うと彼はいつになく嬉しそうに笑っていて、本当に本当に、せいせいしたものだ。
私はもう、君で悩むこともない。彼に羨望感を抱くことも、君の目線の先を追うこともない。
彼と彼女の、私の親友と想い人の、結婚式は順調に進んでいる。
二人が永遠の愛を誓うと鐘が鳴り始める。その音はどこか無機質に思えたが、妙に心臓に響く。つい目頭が熱くなったが、隠すこともないだろう。これはきっと、祝福のための涙だから。
桜舞い散る中で見たドレス姿の君は何よりも綺麗だった。

8/2/2024, 6:21:21 PM

病室

隣の部屋の唸り声と絶叫が夜10時を知らせる。何を言っているかまでは分からないが、とにかく哀れだと思った。
隣人も、叫びたくはないだろう。ただやるせなくて、どうしようもなくなってしまうのだ。きっと。
そのまま叫び声をバックグラウンドにして、目を瞑る。夜は心が蝕まれるような感じがして早く寝てしまおうと思うのだけれど、妙に目が冴えて、天井と瞼の裏を交互に見ている。
ここに来てから、寝付けないとき祖父を思い出す。病室で寝たきりになっていて、最後の方は意識があるところさえ見れなかった祖父を。
私が思い出すのは決まってその最後の方で、暗くて、静かで、沈痛としている病室。そこで祖母や父母が先生と何か話していて、私は気まずくって端っこで黙っていたところ。
それと、棺の中の祖父と別れたところ。悲しかったはずなのに泣けなかった自分に、子供心ながら引いていたこと。
白い部屋で一人で寝ていると自分が異物になったようで、そんなことを思い出す。
自分のことばかり、と自嘲しても虚しくて、私も叫んでしまおうか、なんて。

8/2/2024, 7:55:05 AM

明日、もし晴れたら

明日、もし晴れたら君に会いに行こう。
そして、一緒に出かけよう。
手を繋いで、広場にいるキッチンカーでバゲットサンドでも買って、ベンチでのんびりしよう、詩なんて詠んじゃったり。
商店街の古本屋で出会いを期待して本を見たり、あてもなく歩いたりしよう。
そして、君にさようなら、って伝えよう。
もし、明日には晴れていたら。
カーテンの隙間から空を見た。鈍く沈んだ空に、戦闘機が飛んでいる。遠く離れていてどこの国のものかは分からなかったが、私は、死にたくないと思った。
生き延びたところで、元のような日常は戻らないと知っていたが、本当は、君と抱き合って、また会えたねって笑いたかった。
祈りのために組んだ手が震えている。

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