不特定多数

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不完全な僕

「ただいま……」
昨日までは宛先のいたその言葉は虚しく響く。
人ひとり分がなくなった部屋では僕だけが取り残された様だった。
妙に疲れて料理する気もなかったので、昨日の残り物を温める。ぼうっと回る皿を見ていると、指先で何かが光っていることに気が付いた。彼女とのペアリング。いつか、薬指にも着けるのかなんて笑っていたことを思い出す。レンジの明かりでシルバーがオレンジになっていた。
冷蔵庫のマグネットは君と出かけたときにお土産で買ったこと。マグカップはお互い好きなデザインにしたのに似たものを選んでしまったこと。クッションやぬいぐるみを選ぶのはいつも君だったこと。
部屋を見れば、僕の半分なんじゃないかってくらい君との思い出ばかりだった。
いや、本当に、僕の心で君は半分を占めていて、君が出ていってしまったときから僕の心は半分なくなっている。
この喪失感は自分自身がなくなってしまったから、そういうことなのだ。
これから僕は不完全になる。

8/31/2024, 6:00:00 PM