翡翠のごとき肌、湿り気を帯びた瞳。
春日燈篭の中段にて鎮まり、じっとこちらを伺っていた。
おや、久しい
声をかけても、ひくりとも動く気配はない。
ただ、薄く瞬きをするのみで。
眼前に広がるこの庭園には、古から同じようなものが棲みついている。
雨の香を運ぶ頃に現れ、秋冷とともに姿を消す。
行く先は知らず、また訪れることも定められず
——さて、そなたは、あの子かな?
否、違うのであろう。
されど、こうして再び相見えたのだ。
それを“約束”と呼んでも、差し支えあるまい。
わたしが待つがゆえに、そなたが来るのではない。
そなたが誓うがゆえに、わたしがここに在るのでもない。
ただ、
───また会えた
その事実こそ世の理を超えて
繋がるものの証なのでしょう。
おかえり
そう言うと、翡翠の影はひとつ鳴き、青苔の陰へと、謐に消えた。
──────題.約束───
ひらり、と舞ったのは、銀の糸であった。
朝露を含んだ細き絹糸が、朝ぼらけの光を受けて燦然と輝く。
風の戯れに誘われ、ゆるやかに宙をさまよう。
さながら路地で蝶により彷徨える少女の袖のごとし。
されど、糸の端には、かそけき命が結ばれている。
八つの足を持つ小さき魔女は、雫に濡れた千切れた羽衣を揺らしながら、しずしずと緑玉を磨き上げたような地に降り立つ。今にも滑ってしまわぬかと思われるが、ちゃんとそこに在る。
――風は、嫋やか。
――風は、益荒。
いかに細工を凝らそうとも、荒ぶった一陣の風に、砂上の楼閣のかのように掻き消されることもあろう。
それでもなお、糸を張る。
それでもなお、風に託す。
嗚呼、それはまるで、夜毎紡がれる夢の織物ではないか。
一夜のうちに生まれることも。一夜のうちに消えることも。
その果敢さを、愛おしさを、知っているがゆえに。
ひらり ──────
しめやかに揺曳する銀は舞い、どこかへと運ばれる。
それを見送るかの姿は魔女、いや、まるで運命を編む巫女。静かで、寂しく、美しい。
――さて、私も筆を執るとしよう。
この世に繋ぎ留めるために。
夢の糸を、言葉にして。
____________ 題.ひらり ____
ほのやかに日が霧に光さす朝、庭の方から小さな足音が聞こえた。すたすた、ぴょん。すたすた、ぴょん。何かが石畳の上を跳ねているらしい。
────── 誰かしら?
縁側からそっと覗いてみると、小さな雀が一羽、ちょんちょん、と歩いていた。どうやら落ちていた米粒を見つけたようだ。すぐに飛び立つかと思ったけれど、こちらに気づいても逃げる様子はない。ふくふくと丸いその姿が、なんとも愛らしい。
しばらく見ていたら、不意に足元が冷えていることに気づいた。春が近いとはいえ、まだ朝はひんやりしている。
かすかな風が吹いた。軒先の梅がそよぎ、いちまいの花弁がひらりと舞う。やがて、雀は小さく囀ると、ふわりと空へと飛び立った。
さて、お茶でも淹れようか。
ほのやかに日が霧に光さす朝、庭の方から小さな足音が聞こえた。すたすた、ぴょん。すたすた、ぴょん。何かが石畳の上を跳ねているらしい。
────── 誰かしら?
独りごつ、
縁側からそっと覗いてみると、小さな雀が一羽、ちょんちょん、と歩いていた。どうやら落ちていた米粒を見つけたようだ。すぐに飛び立つかと思ったけれど、こちらに気づいても逃げる様子はない。ふくふくと丸いその姿が、なんとも愛らしい。
しばらく見ていたら、不意に足元が冷えていることに気づいた。春が近いとはいえ、まだ朝はひんやりしている。
かすかな風が吹いた。軒先の梅がそよぎ、花弁がひらりと舞う。やがて、雀は小さく囀ると、ふわりと空へと飛び立った。
さて、お茶でも淹れようか。