腹有詩書氣自華

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ひらり、と舞ったのは、銀の糸であった。


朝露を含んだ細き絹糸が、朝ぼらけの光を受けて燦然と輝く。

風の戯れに誘われ、ゆるやかに宙をさまよう。
さながら路地で蝶により彷徨える少女の袖のごとし。

されど、糸の端には、かそけき命が結ばれている。
八つの足を持つ小さき魔女は、雫に濡れた千切れた羽衣を揺らしながら、しずしずと緑玉を磨き上げたような地に降り立つ。今にも滑ってしまわぬかと思われるが、ちゃんとそこに在る。

――風は、嫋やか。
――風は、益荒。

いかに細工を凝らそうとも、荒ぶった一陣の風に、砂上の楼閣のかのように掻き消されることもあろう。

それでもなお、糸を張る。
それでもなお、風に託す。

嗚呼、それはまるで、夜毎紡がれる夢の織物ではないか。

一夜のうちに生まれることも。一夜のうちに消えることも。
その果敢さを、愛おしさを、知っているがゆえに。

ひらり ──────

しめやかに揺曳する銀は舞い、どこかへと運ばれる。
それを見送るかの姿は魔女、いや、まるで運命を編む巫女。静かで、寂しく、美しい。


――さて、私も筆を執るとしよう。
この世に繋ぎ留めるために。
夢の糸を、言葉にして。



____________ 題.ひらり ____

3/3/2025, 2:42:11 PM