暗闇の中、紐を結う。
それを天井から吊るして、手をかけた。
首を通そうとしたとき、一筋の光に目が眩んだ。
それは小さな窓から覗く、月の眩い光だった。
また今度にしよう。そう思った。
11.5 一筋の光
連日の大雨。久しぶりに晴れて、外に出た。
金木犀が花を落としていた。
秋は広大な稲畑が、風に揺られて金色の波を作る。
今では黒いコンクリートに埋まってしまった。
あなたと通ったあの公園。
木が伐採されて、木陰は無くなった。
見慣れた街の、見慣れたボロボロの建物。
休みが開けたら取り壊されていた。
私の町がなくなっていく、どうしようもない虚しさ。
永遠に在るものなんて何処にもない。
だから、毎日を大切に生きる。
11.4 哀愁を誘う
鏡の中の自分は、本当の私なのだろうか。
そんな疑問を持ったのは14歳のときだった。鏡には自分が映る。当たり前だが、反転した世界が映る。鏡の向こうにいくら世界が見えようとも、それはただの物であり、そこに映る世界は鏡の中にあるわけではない。その証拠に、手をかざせば触れることだってできる。光の屈折によるものだということが科学的に証明されている。
しかし、鏡の中の私は言う。こちらの世界は楽しいと。彼女は、人に感情を読み取らせない表情で笑っている。苦しみも悲しみも何も感じたことの無いような顔。私は鏡の中には私たちの反転した世界があるのだと考える。そこには私と同じ人間が住んでいる。彼女は幸せそうだから、きっと鏡の中は人生に苦悩することなく生きられる、明るい世界なのだと思う。
綺麗だ。いつしかそう思うようになった。鏡の中に強く憧れるようになった。
私の世界は不幸だった。太陽が刺すように照りつける地上。夜になれば闇に襲われ、上を見れば無数の星が嘲笑っている。生まれた瞬間から植え付けられる常識。常に誰かの支配下にある人生。付きまとう学業と避けられない労働。労働をしなければ生きられない社会。人間社会にしか私たちは生きることを許されない。日々精神と体力を削り、笑顔を貼り付けて生きる。
そんな時、気づいたのだ。私たちの世界こそが鏡の中なのではないか。鏡に映る私たちと瓜二つの人間らしき何か。こいつらが鏡の中に世界を作り、私たちを飼っているのだ。有限の世界に私たちを閉じ込めて、私たちの生活は娯楽に消費されている。私たちの生活、文明の発展を見て、ある種のゲームのような感覚で眺め嘲笑っているのだ。いつだって私たちは何かに囚われ、本当の自由は与えられないのだ。こんな世界で生きていかなければならない。
私は涙を流した。鏡の中の私も、涙を流していた。
11.3 鏡の中の自分
泣きながら私を見るあなた
眠りにつく前に
あなたに謝りたかった
あなたにはきつく当たってしまった
もっと愛してあげたかった
もう声も出ない
ごめんね
あなたに見守られながら
まぶたを閉じる
私は幸せ者
いつまでもあなたを愛しているわ
11.2 眠りにつく前に
しょうがくせいになりました。たくさんともだちをつくりたいです。
きょう、とめちゃんにはなしかれられました。うれしかったです。
今日は、かん字をならいました。すこしだけ、かけるようになりました。
とめちゃんはお花が大好きです。おひる休みにいっしょにお花をつみました。
とめちゃんにカレシ?ができました。お母さんに聞いたら、ませてるわね〜と言われました。よく分かりませんでした。
今日は、とめちゃんがカレシとキスをしたとみんなが話していました。キスは、好きな人とするものです。
とめちゃんに聞いてみました。
「ボクのことキライ?」
とめちゃんはえがおで言いました。
「好きだよ!」
好きってなんだろう。ボクは分からなくなりました。
好きは1人の人を大切に思う気もちです。先生が教えてくれました。とめちゃんはボクを好きだと言いました。もうカレシは好きじゃないのでしょうか。
とめちゃんに聞いてみました。
「ボクとカレシどっちが好き?」とめちゃんはボクのちかくに来て、耳元で言いました。
「本当はね、キミの方が好き。」
とめちゃんはボクのことが好きでした。
今日も、とめちゃんとカレシが遊んでいました。ボクはカレシに、「とめちゃんはボクのだよ」と言いました。
とめちゃんはボクと話してくれなくなりました。ボクは理由が分かりませんでした。とめちゃんに聞いてみました。そうしたら、
「もう話しかけないで。」と言われました。
とめちゃんは、ボクのことをキライになったのでしょうか?そんなことないと思います。きっとカレシにボクと話さないように言われてるんです。ボクはとめちゃんがかわいそうになりました。
とめちゃんをカレシから守らないといけません。ボクの家には、使われていないそうこがあります。そこにとめちゃんをつれてくることにします。
とめちゃんのうでをひっぱって、うちにつれてきました。とめちゃんはとてもイヤがりました。かなしかったです。でも、うちでカレシから守ってあげたら、またボクを好きになってくれます。
ボクのごはんをとめちゃんにあげました。おなかがすきました。とめちゃんはおこっていました。どうしてか分かりません。
とめちゃんがユクエフメイだと近所の人たちがさがしまわっていました。だいじょうぶです。とめちゃんは元気です。
とめちゃんを守って1週間たちました。ボクは毎日とめちゃんに、ボクのことが好きか聞きました。今日やっと好きと言ってくれました。
とめちゃんにカレシとキスしたのは本当か聞きました。本当だと言いました。キスは好きな人とするものだと教えてあげました。そうしたら、とめちゃんはボクにキスしてくれました。うれしかったです。
ボクは決めました。ボクがとめちゃんをえいえんに、守ります。一生いっしょにいます。
日記は、この後も数年分、記されていた。
“隣の家から異臭がする”と通報があり、その家に行くと、倉庫に女の子が監禁されていた。虚ろな目をしており、身体は痩せこけ、生きているのが不思議なくらいの状況だった。声をかけたが、「ユラくんユラくん」と加害者の名前を呟くだけだった。
加害者は中学1年生で、被害者を小学3年生から約4年間監禁していたとみられる。加害者には母親しかおらず、その母親も近隣住民によると、滅多に帰ってきていないそうだ。加害者は、十分な愛情を受けず育ったため、異様な愛情表現をしてしまったと考えられる。
被害者には家族がいたが、1年前、不可解な事故で全員が亡き人となっていた。被害者は病院で治療後、児童養護施設に引き取られることとなった。
裁判や諸々を経て、加害者が釈放されたのはそれから1年後。被害者は治療を受け、まともな教育も受け、それから2年後に自由に外出することを許可された。
高校生となり、2人は再会した。お互いがお互い、忘れられる日はなかった。
ボクたちは2人で育ってきたのだ。大人の干渉を受けず、歪ではあったけれど、互いに愛していた。大人はこれを共依存、洗脳などと気味悪がるかもしれない。でも君を心から愛している。
「永遠に、一緒にいよう。」
彼女の指に結婚指輪をはめた。
11.1 永遠に