貴子は3人の兄の次に産まれた初めての女の子だった。貴子の母は待ち望んでいた娘だったこともあり、末っ子だったこともあり貴子をとてもかわいがってくれた。いつもフリルのついたのワンピースや女の子らしいスカートを与え、長い髪の毛をきれいに整えていた。誕生日やクリスマスのプレゼントにはおままごとの道具やぬいぐるみなどを与えていた。しかし、貴子自身は3人の兄たちについて秘密基地を作ったり泥んこになって遊ぶ方が楽しかった。着る服だって動きやすい兄たちのお下がりで充分だった。
歳を追うごとに貴子はおてんばになり、幼稚園から毎日汚れて帰ってくるようになった。そんな貴子に母も無理にワンピースやスカートを着せることは無くなった。
ただ幼いなりに母の想いは感じてはいたので、たまに母と2人で出かける時は母の望む服を着てかわいらしい女の子になるのだった。
そんなお出かけの日には、母は大層機嫌が良く途中で喫茶店に寄ってケーキやプリンを食べさせてくれた。そして、貴子の向かいに座り紅茶を飲みながら「貴ちゃん、かわいいね。お姫様みたい」と言うのだった。貴子は口の中のケーキの甘さと母の優しさでふわふわした気持ちになったものだ。
結局、貴子に王子様が迎えにきてくれることもなかったし、ドレスを着る事もなかった。『良妻賢母』が良しとされる時代に貴子は自分の足で歩む人生を選んだ。
「お母さんの望む娘になれなくてごめんね」と母に言ったことがあった。
「そんな事ないよ。貴ちゃんはいつでもかわいい娘だよ。私はね、私のしてもらいたかった事を貴ちゃんにしてただけだよ。お母さんの時代は貧しかったから」
その時の母も貴子の向かいに座り、紅茶を飲んでいた。
紅茶の香りは母と2人で過ごした幸せな時間と母の愛情を思い出させてくれるのだ。
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お題:紅茶の香り
みき「きいて〜。レンくん、ウチのこと好きと思う」
はるな「ええやん。なんで?」
みき「だって毎日『かわいい』って言ってくれるの」
はるな「えー、最高じゃん。ウチはマサトに『やさしいね』って言われるよ」
さや「んー、『やさしい』は好きなの〜?」
はるな「じゃあ、お家に遊びに誘われた!」
みき「うわ〜、それは好きっしょ」
さや「ウチは、ナオキに『好き』って言われた」
はるな「それガチのやつじゃん」
みき「ヤバいね」
ゆめの「ウチもナオキに『好き』って言われたんだけど」
ひだまり幼稚園の砂場にて。まだまだ平和な日が続きそうです。
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お題:愛言葉
「陽当たりがよくて良いお部屋だね」
貴子は昭子の新居に入って一言目にそう言った。部屋は飾り気がなく殺風景な感じがした。昭子が前に暮らしていた家はもっと広くて庭もあり華やかだった。
「特等席に座っていいよ」
そういって貴子をロッキングチェアに座らせる。ロッキングチェアは皮張りのシートの上に大判のクッションが置かれたもので、座ると身体がすっぽりと包み込まれるようだ。同じ素材のオットマンもあり、それに足を乗せるとうたた寝するのに最適な体勢になる。ロッキングチェアの斜め前に置かれた観葉植物が窓から差し込む真夏の陽射しを遮ってくれる。殺風景だと思っていた部屋が一瞬にして居心地のいい部屋に変わった。
昭子がコーヒーを運んできてくれたので、オットマンから足を下ろし身体を起こす。昭子はサイドテーブルにカップをふたつおき、自身はオットマンに座る。
「良い椅子でしょ。ここで本を読んだりボーッとしてんの。余生って感じでしょ?」
サイドテーブルにコーヒーを置きながら、昭子は朗らかに語る。
「高校の時、『老後はみんなで一緒に住もうね』とか言ってたよね」ふと思い出話を始める。
貴子と昭子は高校の合唱部で仲良くなった。他にも合唱部には3人いて年に一度くらいみんなで集まっている。その中でも貴子は昭子とウマがあった。
昨年の冬に昭子は夫を亡くしている。お葬式で会った時の昭子はかなり落ち込んでいたし、その後しばらく経って前の家にお邪魔した時も疲れている様子だった。「老けたな」と思った。
今日の昭子は肌の血色も良く、雰囲気が少しだけ高校生に戻った様だ。正直にその感想を伝えると、自分の好きな事を思い出したのだと昭子は言った。
「わざと迷子になるの。子どもの頃、好きだったんだよね。わざと知らない道とか通って『家に帰れなかったらどうしよう』って思いながら歩くの。それで知ってる道にでるとすごく安心するの。途中で素敵なカフェだとか美容室とか見かけるんだ。でね、また行ってみようと思うんだけど、なかなか辿り着けないの」
貴子は一度も結婚せずにここまできた。好きな事をして生きてきたと思っていたけど、本当に好きなものだったか考え直した。自分が好きと公言しているものはどこかしら世間の目を気にしていたのではないか。
貴子はお芝居が好きだった。いつか脚本を書いてみたいと思っていた。すっかり忘れていたそんな事を貴子は思い出していた。
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お題:友達
1049文字
昭子の引越しの様子は10月17日に投稿しています。
はるな「ウチさ世界中の人と友達になろうと思ってんだよね」
みき「ええやん。で、どうやって友達になるの?」
はるな「とりましゃべったら友達っしょ」
みき「あーね」
はるな「ウチこの園の全員と友達」
みき「マジ?全員の喋ったことあんの?ユウトも?」
はるな「あるよ、ユウト電車の名前とかめっちゃ詳しい」
みき「へー旅行行く時神じゃん。え〜、じゃあユメノは?」
はるな「ユメノは好きなキャラ一緒だし」
みき「ユメノ、キュアニャミー好きなの?マジ気合うじゃん。りじちょーともしゃべったの?」
はるな「当たり前じゃん。今度このブランコ新しくするらしいよ」
みき「ヤバいじゃん。はるな、幼稚園制覇してんじゃん」
はるな「マジでそれ」
みき「てか最初どこ行く?」
はるな「やっぱハワイじゃね?」
みき「じゃ今から行っとく?」
よく晴れた秋の昼下がり。ひだまり幼稚園は今日も平和です。
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お題:行かないで
雲ひとつない青空の下、志保はベビーカーに娘のゆめを乗せて散歩に出かけた。
人々は仕事や学校に行っている時間なのだろう。すれ違う人はほとんどいない。夏は暑過ぎて太陽が西に傾いてからでないと外出できなかった。その時間になると行き来する人の数がどっと増える。産休に入るまで会社で働いていた志保も人の多い時間のこの街並みしか知らなかった。
「人がいないとこんなに静かなんだ」周りを見ながらゆっくり歩いていると意外にも自然豊かな事に気がつく。ポツポツと小さな公園があり、家々の生垣には様々な植物が植えられている。
小さな白い蝶がベビーカーの前をひらひらと舞っている。「おばあちゃん」志保はそっと声を掛けてみた。
母方の祖母が亡くなったのはまだ梅雨入り前だった。
長らく入院していたから遠くない未来にこの日が来ることはわかっていた。覚悟というか諦めというか、母も叔母も心の準備ができていたんだと思う。動揺することも嘆き悲しむ事もなく、時折思い出したかのように涙を拭っていた。
滞りなく葬儀が終わり、火葬が終わるのを待っていた。志保は親族待合室を抜け出して火葬場の中庭にやってきた。
ベンチに座り空を見上げる。この日も雲ひとつない青空が広がっていた。
「ひいおばあちゃんに会えなかったね」志保はお腹を撫でながら呟いた。目の前の花壇には小さな白い蝶が舞っている。滑らかな蝶の動きを見るとはなしに見ていると、蝶がベンチの近くまでやってきた。蝶の羽は陽光に透かされ柔らかい輝きを放っている。
「おばあちゃん」と志保は小さく呼んでみた。
しばらくすると蝶は満足したかの様に志保から離れ、青い空へ溶け込んでいった。
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お題:どこまでも続く青い空
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