貴子は3人の兄の次に産まれた初めての女の子だった。貴子の母は待ち望んでいた娘だったこともあり、末っ子だったこともあり貴子をとてもかわいがってくれた。いつもフリルのついたのワンピースや女の子らしいスカートを与え、長い髪の毛をきれいに整えていた。誕生日やクリスマスのプレゼントにはおままごとの道具やぬいぐるみなどを与えていた。しかし、貴子自身は3人の兄たちについて秘密基地を作ったり泥んこになって遊ぶ方が楽しかった。着る服だって動きやすい兄たちのお下がりで充分だった。
歳を追うごとに貴子はおてんばになり、幼稚園から毎日汚れて帰ってくるようになった。そんな貴子に母も無理にワンピースやスカートを着せることは無くなった。
ただ幼いなりに母の想いは感じてはいたので、たまに母と2人で出かける時は母の望む服を着てかわいらしい女の子になるのだった。
そんなお出かけの日には、母は大層機嫌が良く途中で喫茶店に寄ってケーキやプリンを食べさせてくれた。そして、貴子の向かいに座り紅茶を飲みながら「貴ちゃん、かわいいね。お姫様みたい」と言うのだった。貴子は口の中のケーキの甘さと母の優しさでふわふわした気持ちになったものだ。
結局、貴子に王子様が迎えにきてくれることもなかったし、ドレスを着る事もなかった。『良妻賢母』が良しとされる時代に貴子は自分の足で歩む人生を選んだ。
「お母さんの望む娘になれなくてごめんね」と母に言ったことがあった。
「そんな事ないよ。貴ちゃんはいつでもかわいい娘だよ。私はね、私のしてもらいたかった事を貴ちゃんにしてただけだよ。お母さんの時代は貧しかったから」
その時の母も貴子の向かいに座り、紅茶を飲んでいた。
紅茶の香りは母と2人で過ごした幸せな時間と母の愛情を思い出させてくれるのだ。
————————-
お題:紅茶の香り
10/28/2024, 4:51:57 AM