「陽当たりがよくて良いお部屋だね」
貴子は昭子の新居に入って一言目にそう言った。部屋は飾り気がなく殺風景な感じがした。昭子が前に暮らしていた家はもっと広くて庭もあり華やかだった。
「特等席に座っていいよ」
そういって貴子をロッキングチェアに座らせる。ロッキングチェアは皮張りのシートの上に大判のクッションが置かれたもので、座ると身体がすっぽりと包み込まれるようだ。同じ素材のオットマンもあり、それに足を乗せるとうたた寝するのに最適な体勢になる。ロッキングチェアの斜め前に置かれた観葉植物が窓から差し込む真夏の陽射しを遮ってくれる。殺風景だと思っていた部屋が一瞬にして居心地のいい部屋に変わった。
昭子がコーヒーを運んできてくれたので、オットマンから足を下ろし身体を起こす。昭子はサイドテーブルにカップをふたつおき、自身はオットマンに座る。
「良い椅子でしょ。ここで本を読んだりボーッとしてんの。余生って感じでしょ?」
サイドテーブルにコーヒーを置きながら、昭子は朗らかに語る。
「高校の時、『老後はみんなで一緒に住もうね』とか言ってたよね」ふと思い出話を始める。
貴子と昭子は高校の合唱部で仲良くなった。他にも合唱部には3人いて年に一度くらいみんなで集まっている。その中でも貴子は昭子とウマがあった。
昨年の冬に昭子は夫を亡くしている。お葬式で会った時の昭子はかなり落ち込んでいたし、その後しばらく経って前の家にお邪魔した時も疲れている様子だった。「老けたな」と思った。
今日の昭子は肌の血色も良く、雰囲気が少しだけ高校生に戻った様だ。正直にその感想を伝えると、自分の好きな事を思い出したのだと昭子は言った。
「わざと迷子になるの。子どもの頃、好きだったんだよね。わざと知らない道とか通って『家に帰れなかったらどうしよう』って思いながら歩くの。それで知ってる道にでるとすごく安心するの。途中で素敵なカフェだとか美容室とか見かけるんだ。でね、また行ってみようと思うんだけど、なかなか辿り着けないの」
貴子は一度も結婚せずにここまできた。好きな事をして生きてきたと思っていたけど、本当に好きなものだったか考え直した。自分が好きと公言しているものはどこかしら世間の目を気にしていたのではないか。
貴子はお芝居が好きだった。いつか脚本を書いてみたいと思っていた。すっかり忘れていたそんな事を貴子は思い出していた。
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お題:友達
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昭子の引越しの様子は10月17日に投稿しています。
10/26/2024, 2:47:52 AM