『胸の鼓動』
朝目覚めた時、愛おしい時、辛い時、
感情が高ぶっているこの瞬間に
鼓動を強く感じる。
浸る度に今日もここに存在してて、
「生きている」ことを自覚するんだ。
『だから、一人でいたい』
今まで、私が仲良くなった人は
みんなどこかへ行ってしまう。
行く進路が違ったり、引越しだったり、
仕方ないことが多数だけど
私はその度に内側から押さえつけられる感覚がして、
無力感に蝕まれるようになった。
学校は正直楽しい思い出はほとんどなかった。
クラス全員から人格否定を浴びせられて、
毎日精神は死の淵に立たされる感覚を味わった。
もちろん全て謝罪もなく泣き寝入りになった。
そんな場所に溶け込もうとする方が滑稽に見えてくる。
その度に私は創作の世界へと逃げた。
ここは苦しさも少なく、過去の無力感や胸糞悪さから
唯一逃れられる場所。
私の作った人物は紙の平面でしか動けないけれど、
あいつらのように私を見捨てたり陥れる真似はしない。
私には創作しかないんだ。
生きるために
描いて、物語を作り上げるしかなかったんだ。
『今一番欲しいもの』
一番欲しいものと聞いたら、
その人の心の理想が見えてくる。
中にはないという人もいるけれど、
それもまた選択の1つ
私の今一番欲しいものは、
「逆境を乗り越えられる心。」
ないものねだりが多かった私は、
もう少し程よく鈍感だったら、社交的で話しかけるのも余裕で苦じゃなかったら。
人間関係で人並みより苦しんでたこともあり、
当時は自分の性格や気質、全てが嫌だった。
安定して考えられるようになった今、
ひっくり返して考えてみた。
友達が少ないからこそ、絵などの自己表現に興味を示して没頭出来た。
繊細だからこそ、身近な幸せを見つけるのが上手い。
いつの間にか内面を受け入れられるようになってた。
あとは、
周りから否定を受けても前へ進もうとする力が欲しい。
ということで欲しいものはすぐに決めた。
『遠い日の記憶』
真っ先に連想したのは
小学生時代の
実家へ帰省した時の記憶だ。
↓(当時の王道)実家帰省ルート
母方の祖父母に向けて飛行機で乗る
↓
おじいちゃん(祖父)が空港の外で待ってて
車で実家へ移動
(1週間半〜2週間?くらい滞在)
(※滞在中の余談 1)
祖父は自営業で鍵屋をやっていた。金属の破片が
危ないよ〜って言われてたのを覚えてる。
あと仕事で使うであろう据え置きメモ帳に落書きしまくってた。
↓
車で父方の祖父母の実家へ向けて移動
瀬戸大橋を渡ったりした。
(※余談)滞在終了前日くらいにお父さん来てたなぁ、、
出発が午前3時くらいで冬は特に歯をガチガチ鳴らしてた記憶が。
(数日〜1週間くらい滞在)
(※滞在中の余談 2)
当時は3DS時代。年上のいとこの3DSで遊んでたな。
またやみつきになってたゲームをしてみたいが、
ダウンロード販売しかなくてで終了してるんだよな…。
↓
車+カーフェリーで自宅へ帰る
途中車で行ってるとき、音楽を流してたな。
当時はなんも気にしてなかったのに
中学生になって突然どうしようもない郷愁が溢れてきて、検索手探り記憶の中で当時流れてた曲名を探した。
まだ見つかって無い曲もあるが、ある程度鮮明だったものは見つけられた。
(KARA、宇多田ヒカルさん、レディー・ガガさん、AKB48 の曲が大半です。同士さんいらっしゃいますか)
あと個人的に瀬戸大橋渡ってる途中のSAで流れてた
メロンパンのうたのインパクトまだ残ってる。
振り返ってみたら、当時は本当に悩みなんてなかったな。小学生時代当時、毎月悩みを書く紙渡されたけど
悩みなんてなくてなんも書かなかった。こんな書くことすら、私には無縁だと思っていた。
そして現在、コロナ禍スタートから父方の実家には一度も行けず、母方の祖父は定年退職として実家から別の家に引越し。元実家場所は他の住民の住む場所として決まった。車も当時は音楽、ラジオのみだった。
6、7年前新しい車に変わって車の天井にテレビがついて
見れるようになったが、弟がDVD見るためにテレビを独占。
仕方ない一面もあるが、
当時の王道ルートはもう二度とできない。
それもあってか、ますます郷愁が強くなるばかりだ。
そして後悔も少なからず…というか時に溢れそうになる。もう少し当時の感覚を味わっていれば…と。あの感覚は本当に特別だった。
後悔と懐かしむ気持ちが重なり、今でも心が路頭に迷う時がある。
少しでも落ち着かせるために当時の写真を模写したり、最近ハマった趣味で当時の感覚を元に小説を書いたり、
詩も詠んでみたい。
自己表現をする度に私はまだ生きていたいと感じる。
今味わってる鬱や希死念慮からの生存逃走の力が湧く。
こうしてここに書いて想いを馳せるのも、
私なりの生存戦略だ。
(※更なる需要を疑う余談↓)
文字での表現にハマってるのは文豪の影響です。
中原中也さんが特にほんとに大好きです
こんなに吐き出したのは初めてだ。
最後まで見てくれてありがとう。
『優越感、劣等感』
私がよく振り回されていた感情。
毎度、飼い慣らそうと試しているが
いつの間にか飼い慣らされる側になってしまう。
生き物は、特に集団で生きる動物は
無意識に強さ、学力(知能)、容姿、経済力…
様々なステータスで比較してしまうことガ
設計図に刻まれているのだろう。
そのおかげで
あの人は勉強ができる、あの人は顔がいい…
と少し視点を傾けるだけで優れてる人と自分を並べてしまう。その度に毎度落ち込んだものだ。
少し話題が変わるが、YouTubeにこんな話題の内容が
投稿されていた。
「なぜ不細工は進化過程で淘汰されなかったのか。」
私自身もこの話題は興味深くてすぐに押した。
詳しくは動画を見て欲しいが、
個人的に印象が深い内容が
顔の美しさは多くの遺伝子の総合バランスで決められる、そして時代が流れるうちに美しさの基準や価値観
も変わる。
ということは、
自分の容姿のパーツひとつひとつは
劣っているわけでも不良品なわけでもなく
今の流行に合わないものが混ざっているだけ
でもどこかの環境で生き残るのに優秀だったから
今まで受け継がれてきた遺伝子である
(※動画のまとめから取ってきました)
私は自分自身に誇りを持って生きます。
誰かにこのメッセージを届けられますように。