「おはようごぜーます」
我に返ると黒い髪の少年が、寝そべっている俺を上から覗き込んでいる。
「お元気でしたかー?いや、お元気もくそもないか。誕生日おめでとう玲人(れいと)、君にプレゼントだよ。ちょっといいリンス...今はコンディショナーって言うか、それをあげよう。枕元に置いておくのはちょっとあれだから洗面台の下に入れといたよ。あ、一応どこで買ったかの紙も入れといた」
彼はピッと何もない白い空間を指差す。
勝手に一人でぺらぺらと話を進める少年。用件だけ言って早く帰ろうとしているのがひしひしと伝わってくる。
「え、誰?」
「言うと思ったよ~」
そう言って少年は話を逸らした。
「不変こそ美って言うじゃん?」
「えっと...何の話...?」
「でも変わらないものって無いと思うんだよね。君だって変わってるし」
変わってるってどういうことだろう、と考えていると少年は続けた。
「だって前の君なら『え、誰!?』か『...誰』って言ってたし。まぁ自分が丸くしただけなんだけどね~」
今なんかとんでもないことを少年は言った気がする。
「まぁ君は変わって当然なんだよ。なんたって今いる中で四番目くらいに生まれてるんだから」
「...一番目は...?」
「一番目は、氷華(ひょうか)ちゃん。あの娘も色々変えてるんだけどね。ちなみに君の前は葉瀬(ようせ)だよ」
どう?嬉しい?と少年はわくわくしながら聞く。
「えっと、おかしいでしょ。葉瀬は俺より年下なんだけど」
「...そうか。今のはメタいか。この話止めよ」
止め止め、と少年は俺の顔の前で手を払う。
「とりあえず誕生日おめでとう。早く起きて彼女の顔見てあげなよ。前の君なら、想像出来なかった事でしょ?」
「...あ、玲人起きた」
そんな声がして目を開けると、近くに葉瀬の顔があった。
「おはよう。誕生日おめでとう玲人」
「おはよ......近い…」
俺は葉瀬の顔面を手で押し返す。ぐえっ、と変な声が聞こえたが気にしなかった。
お題 「変わらないものはない」
出演 玲人 葉瀬 氷華(名前のみ)
玲人(れいと)はソファに座って、葉瀬(ようせ)が風呂から上がってくるのをスマホを眺めて待っている。
玲人は旧ツイ○ターの画面を行ったり来たりとエンドレスしていた。だんだんスクロールをするのが億劫になって、指が動かなくなってくる。暇だから見ているのにそれすらなんだか怠く辛くなってきた。
ぼー...っと画面を見て何を思ったか文字を打とうとする。しかし、頭が動かないのか文字が進まない。変だな。
考えても考えても、文字が頭に浮かばない。
とりあえず文字を打とうとした時だった。
「ちょっと、なにしてるの」
その声と共にスマホは手から離れ、空に移動する。
「葉瀬?もう上がってきたの」
「...声かけても返事無かったんだけど、何?」
「え、ごめん」
玲人が少し申し訳なさそうに謝ると、葉瀬は玲人の額と項辺りに手を当てた。
「...うん、熱いな」
「?」
「ちょっと待ってて」
葉瀬はリビングにある棚から、体温計を持ってきて玲人に計るよう言った。玲人は言われるがまま体温を計ると体温のパネルはゆうに38℃を超えた値を表示していた。
「...熱出てんね。だるい?」
玲人は何も言わずにぼんやりと頷く。葉瀬は一つ息を吐いて、玲人に聞く。
「ベッドまで歩ける?」
「...うん」
「じゃあ行こう。起きて」
葉瀬は玲人の手を取ると、ふらつく玲人の体を支えて寝室へと向かった。
お題 「風邪」
出演 玲人 葉瀬
拓也(たくや)と秋(あき)がいるリビングの空気がピリッとひりつく。
今日、疲れていて互いに気遣えなかったのだろう。そんな日もある。どちらから言い始めたのかなんて覚えていない。
「あぁそうですかそうですか、つまり俺が悪いってことなんですね」
「その言い方何?いかにも私が全部悪いです、みたいなの。これだから本読んでない人は」
「何。本読んでたら偉いワケ?その割りには人の心情読み解くのヘタクソなんだな」
「ゲームばっかりしてる人には言われたくないね」
「は?あれ仕事なんだけど!!」
「そうだったねーごめんごめん」
「その言い方マジでッ...!!」
拓也は怒りで拳を震わせ、奥歯を噛み締める。一方、秋は腕を組んで冷静を装っている。どちらも譲らない状況で空気は最悪だった。
しかし秋の一言で空気が変わる。
「私達別れようか」
「は」
「だから、別れようって」
「なんで」
秋の突拍子もない発言に拓也は返す言葉を失う。秋はそのまま続ける。
「元々、性格だって趣味だって正反対だったもの。喧嘩することだって、こうなることだって分かってた。拓也だって無理して本読むのに付き合ってるよね?」
「別に、それは」
「いつも難しそうな顔して読んでるじゃない。それに一緒にゲームしてくれるような彼女の方が拓也としては楽しいでしょう?」
そこまで言うと、拓也は下を向いて黙ってしまった。秋は一つ溜め息をつき、続けて言う。
「今日はもう寝よう。私も疲れたの」
そう言うと秋は寝室の方へ体を向ける。次の瞬間、黙っていた拓也が秋の腕を掴む。
「...何、私もう寝たいのよ」
「.........なったの」
「何て?もう少しハッキリ言って」
「...俺のこと...嫌いに、なったの...?」
弱々しい声が秋に届く。
「...え?」
「なんで、勝手に決めるの...?なんで嫌いになったの...?俺、やなとこちゃんと直すから......別れたくないっ...」
拓也は秋にすがりつくように腕を掴む。
「何がやだったのっ...?俺...俺ちゃんと変わるからっ......本だっていっしょに読む...ゲーム嫌ならやめるから...だからっ...」
「っ...そういうところ!私は拓也に強制したくないし、拓也自身の趣味を楽しんでほしいのよ!だから私以外の別の人と恋人になった方が拓也だっていいじゃない!」
「やだ......秋といっしょじゃなきゃやだっ...ゲームなんか捨ててもいい...秋が嫌なら仕事だってかわる...ゲーム出来ても、仕事楽しくてもっ......秋がいなきゃやだぁっ...」
拓也はそういうと柄にもなくぼろぼろと泣き出した。
「な、にそれ」
秋はそんな拓也を見て、連れて泣き出す。
「っ...私、拓也がわからない…ずっと何考えてるかわからない......優しかったり、急に怖くなったり、どこか行こうとしたり...もうわからないよ...」
「俺も、わかんないっ...秋のこと、初めて会った時からわかんないよぉっ......だからっ、知りたかった、いっしょに居たかった、なの、にっ...」
秋は自分の目元を袖で拭うと、拓也の顔を見るために頬に触れる。拓也の涙は止めどなく秋の手の甲を伝っていく。
「っ......ごめっ...んなさ...」
秋の手を掴む拓也の手は少し震えていた。
「...ごめんね拓也。酷いことも言ったし、別れようは流石に言い過ぎたね。本当に、ごめん」
「俺も、酷いこと言って...ごめんなさい...」
秋は片手でギュッと拓也を抱き締める。拓也はそっと離し、秋の背中に手を回した。
「今日はもう寝ようか。拓也も疲れたよね」
そう言うと拓也は顔を上げて、こくりと頷いた。
「...秋、ごめん」
「うん、私もごめんね」
そう言うとやっと最悪だった空気が、ぐちゃぐちゃに絡まった糸がほどけたように緩りとした。
お題 「終わらせないで」
出演 秋 拓也
玲人(れいと)はソファに座って、今日買ったものの箱を開けていた。そこに丁度通りかかった葉瀬(ようせ)は背後から覗き込んで話しかける。
「何それ?」
「駅前にあるお菓子の店で買った」
箱の中には6つの、それぞれの形をしたチョコレートが入っていた。
「美味しそう。いいな~」
「1個あげる。どれがいい?」
「いいの?...じゃあこの六角形のやつ」
「ん、口開けて」
葉瀬は言われた通り口を開ける。玲人がチョコレートを摘み、その開いた口に放り込んだ。
「ぁ......ん、まっ」
葉瀬は口を押さえて目をキラキラとさせる。
「え、これどこで買ったの?」
「内緒」
「えー、じゃあ私の分も買ってきてよ。お金渡すからさ」
「気が向いたらね」
「えー!お願い!」
葉瀬は手を合わせて、ね?と首を傾げる。玲人は笑って、やれやれとその頬をむにむにと摘まむ。
「可愛い彼女のお願いなら仕方ないなぁ」
「ふふん、やったね。ありがと」
玲人は頬を摘まむのを止め、わしわしと頭を撫でる。
「わ、ちょ、髪がっ」
やめろぉ~...と言いながら手は頭の横にあり、玲人の手を掴む気はなさそうだった。
「...葉瀬口開けて」
「んぇ」
髪が乱れた葉瀬は訳も判らないまま口を開く。その口に再びチョコレートを放り込んだ。
「ん、ん」
「美味しい?」
葉瀬は手で口を押さえてコクコクと頷く。玲人はそんな葉瀬を見て頬を緩める。
玲人はあと何個口に入れられるかな、と昔の彼女を思い出しながらチョコレートを摘まむのだった。
お題 「愛情」
出演 玲人 葉瀬
騒がしい居酒屋の、奥の個室で男女二人が話し合っていた。
一人はビールジョッキ片手に机に肘をついて、もう一人はレモンサワーをちびちび味わって飲んでいた。
ビールジョッキを持った方の女性は、レモンサワーを飲む男性に尋ねる。
「雪(ゆき)ぃ......彼氏とどんな感じ?」
「それなりにやってるよ」
「どこまで行った?キスした?」
「うわぁド直球ぅ。言わねぇよ」
顔色一つ変えず返事をし、レモンサワーを飲むのは雪。
なんだよ教えろー、と少し赤くなっているのが葉瀬(ようせ)。彼らは大学時代のよき友人で今でもこうして関係が続いているのだ。
「いいねぇお熱いねぇ、お熱ですかぁ?」
「おっさんかよ。乙女なんだからもっと可愛く言え」
「きゃー!尊い!」
「なんか違うな」
「人に言わせといてなんだその態度はぁ!」
「葉瀬が始めた物語だろ?」
むすっ!と頬を膨らませる葉瀬の顔は、お酒のせいで少し赤くなっていた。
「それで?俺を誘ったのってそういう話じゃないよな」
どうした、と一度レモンサワーから口を離して聞く。葉瀬は机に顔を伏せて無言になる。
「............」
「なんだ、俺に言いにくい話か?」
「いや.....」
「言ってみろ言ってみろ。言え言え」
「.......あー...のさ」
「何?」
くいっ、と雪はレモンサワーを一飲みする。
「............恋愛って、どうやってる?」
「...え?冷たっ!!」
雪は驚いてレモンサワーから口を離してしまい、膝にビチャッ、とかかる。
「あー...!...今恋愛って言った?」
「言った」
「本当!?」
「む、私が恋愛しないように見えるのか」
「違う違う。葉瀬ってそういう話、大学の時無かっただろ?」
「...そうだっけ?」
葉瀬は顔を上げて頬をつく。雪は興味津々で葉瀬に質問を始めた。
「それでそれで?恋愛に関する相談か?」
「うん」
「そうかそうか...聞きたいことは何だ?なんでも聞け」
「...この恋愛をさ、どうすればいい?」
「......ん?」
「どう、すればいい?伝えたらいい?でもまだ好きかよく分かんないんだけど...」
「.........あー」
雪は気づいた。葉瀬は恋愛初心者なんだな、と。葉瀬の頬の赤さは酒のせいだけではないだろう。
「そんな急に思うことなのかな、好きとか。なんかの気の迷いとかじゃないのかな?もっと仲良くしたいだけで、別に恋愛ではないのかな...」
「待て待て葉瀬」
葉瀬の思考がどんどん悪い方に向いていく前に、雪は止める。そして人差し指をぴん、と立てて話し始めた。
「まず、好きに早いも遅いもない。好きだと思うならそれは好き。好きかわからなくても、特別な気持ちなら特別な気持ちって名前でいい」
「...へぇ」
「次に、恋愛は迷うもの。今まで無かった気持ちなら尚更。無理に名前をつける必要はない」
「ふんふん」
「最後に、無理してその気持ちを伝える必要はまだない」
雪は指を上げるのを止め、手をもとに戻す。
「友達でいたいならそれでも構わない。付き合いたいなら付き合えばいい。それは、葉瀬が決めることだからな」
「そう、なんだ...」
そう言うと雪は嬉しそうに笑う。
「でもなぁ~葉瀬から恋の話が聞けるなんてな」
「あ、はは...」
「じゃあ今度は馴れ初めでも聞こうかな!」
「え、は!?」
「葉瀬だけ話すのもあれだからさ、俺も話すよ」
「そういう問題じゃ」
「葉瀬が言わねぇなら俺から先に話しちゃおっかな~」
「待って私が先に言うから!」
お題 「どうすればいいの?」
出演 葉瀬 雪