今日は、葉瀬(ようせ)の要望で水族館に来ている。
普段なら、玲人(れいと)はどこ行きたい?と聞いてくるのだが、珍しく葉瀬が『水族館に行きたい』と言ったのだ。
そんな彼女は今、ジンベイザメをまじまじと見ている。
「...そろそろ次行く?」
「ん?うん、行く」
俺が声をかけると彼女はこちらを向いて歩き出した。
彼女はじっと見るのが好きらしい。前にその事について聞くと、『うーん、だって好きなものはずっと見てたいじゃん?』と言っていた。
次は熱帯魚エリアに来た。葉瀬はエンゼルフィッシュを目で追っている。
「......綺麗?」
俺がそう聞くと、ハッと我に返ったように「うん、綺麗だよ」と答えた。
「...玲人はどれ好きとかある?」
「うーん......あ、あの白っぽい子綺麗だね」
「あれ?...ハタタテハゼだって~、ハゼ科のト......あ、隠れた...」
あれー...?と岩の間を覗き込む。
「おーい...おーい......駄目だ、奥行っちゃった」
「ちょっとビビりなのかもね」
「かもね......あ、そろそろ次行く?」
「うん、次ってクラゲエリア?」
「そうそうクラゲ~」
そうやって俺達は水族館を一周した。
イルカショーも見たし、ペンギンの散歩も見た。エサやり体験だって出来た。
そして最後と言えば。
「あ、おみやげ見ていこうよ」
「いいね~何あるかな?」
俺はおみやげコーナーで見つけたクマノミが描いてある栞を買った。
「葉瀬は何買ったの?」
「え、あー......いや、まだ」
「あれ?そうなんだ。あ、ごめんこれ持っててくれない?お手洗い行ってくる」
「あ、うん」
(葉瀬買ったかな.........ん?)
俺が戻ってくると、何かを持って唸っている。
「.........やっぱ止め」
「葉瀬」
「うわっ!な、何玲人...」
「それ何?」
俺は葉瀬の手に持っているものを指す。
「あ、えっと…」
「...キーホルダー?」
そう聞くと気まずそうに目を逸らした。
よく見るとそれはイルカのペアキーホルダーで。
「えっと............お、揃いでつけたい、なって」
顔を上げると葉瀬が恥ずかしいのか、口元を手で隠している。
「.........嫌なら」
「いいね、つけようよ」
俺は葉瀬が言い切る前に食い込むように返事した。
「え、ちょ、いいの?」
「いいよいいよ」
戸惑う彼女の前に人差し指を立てる。
「お揃いなんて、これからもっと増えてくんだから」
「...玲人、今日は付き合ってくれてありがとう」
「全然いいよ。俺も楽しかった。普段俺ばっかり好きなところ行ってるから、葉瀬の好きなもの知れて嬉しいよ」
「......なら良かった、かな...?」
「また来ようね」
「うん」
そう返事する彼女の瞳には俺が映っていた。
お題 「視線の先には」
出演 玲人 葉瀬
「え、雪(ゆき)って『あの』実(みのる)と付き合ってるの...?」
大学の食堂。俺はスパゲティを、葉瀬(ようせ)はカレーを食べていた。
「え?うん。それがどうしたんだよ」
恋愛の話になり俺が実と付き合っていることを話すと、葉瀬は渋そうな顔をした。そして恐る恐る口を開き、
「......悪いことは言わないからさ、別れた方がいいよ。実と」
そう言った。
「...は?え、何急に。脅し?」
「いや本当にアイツは止めた方がいい。冗談とかじゃなくてさ」
葉瀬は運びかけていたスプーンを皿に下ろす。そしてキョロキョロと辺りを確認したのち、少し身を乗り出して小声で話す。
「.........その、実ってさ、女遊び激しいって噂あるんだよ」
...まさか。
「......葉瀬、言っていい冗談と悪い冗談あるから」
「だから冗談じゃなくて」
「っ止めろってば!」
少し声を張ってしまったかもしれない。そんなことは気にせず、葉瀬を睨む。
「...っご、ごめん」
「もう言わないって約束して」
「もう言わない。ごめん」
「......いいよ」
葉瀬はカレーの皿を見つめて動かない。俺は我に返って、冷たい空気を壊した。
「もういいから、カレー冷めるし食べよう。な?」
「...うん」
そう言って俺達は再び食事を始める。
「...雪、最後にこれだけ言わせてくれ」
「ん?」
「雪が......雪が幸せならそれでいいけど、時々でいいから自分の事客観的に見てね」
なんて話してたのが一年くらい前。
あの時、ちゃんと葉瀬の話を聞いておけば良かったのかもしれない。
今日は俺と実の一年記念日。早く帰ってきてって、ちゃんと言ったのに。
実は俺じゃなくて、他の人を選んだ。
ビリ、ビリ
一つ一つ、料理をラップで包んでいく。
「......ぅ...」
ぽた、ぽた、と机に涙が落ちる。
「うぅ......ぅ...っ......ぅう...」
脱力して、床に座り込む。
(...俺、実のどこが好きだっけ)
ぼんやり考えてみた。
俺ばっかりが好きだったみたいだな。そういえば実から名前で呼ばれたのっていつだっけ。
「はは......わかんないや......」
なんて考えていたのが実が帰ってくる四時間前の話。
お題 「終わりにしよう」
出演 雪 葉瀬 実
「うっ.........わ」
目が覚めると彼女の顔が目の前にあった。
パッチリと目は閉じられ、ピクリとも動かない。
「............」
昨夜は俺が寝るまで帰ってこなかったが、いつの間に帰ってきたのだろう。
別に浮気じゃないのは知ってる。この時期になるといつも零時を回って帰ってくることが多い。メイクをして隠しているが、目の下に隈が出来てる事も知ってる。
本人はバレてないつもりらしい。
「.........よいしょっ」
俺は起き上がって彼女をベッドの中央に寄せる。
彼女が起き上がる前にでも朝食を作っておいてやろう。
お題 「目が覚めると」
出演 玲人 葉瀬
ふわふわの茶髪。
パッチリ二重に長い睫毛。
少し焼けた薄小麦色の肌。
俺を呼ぶあの立つ声。
「真人(まひと)~」
線路の向かい側で、入道雲を背に立っている。
ゆらり、ゆらりと上で振られる右手。
俺はゆったり、ゆったり歩く。
「真人~」
暑い。
ジィィィ、ジィィィと蝉が鳴く。
顔からポタポタと汗が垂れる。
シャツが背中にくっついて気持ち悪い。
「ま ひ と~」
逆光で顔がよく見えない。
でも笑ってる。
「...ひな」
た。
俺がそう言おうとした時、ゴウンッ!と目の前に電車が来る。俺は驚いて思わず後ろによろける。そんな俺を気にもせず、ガダタンッ、ガダタンッ、ガダタンッ、と走り抜けていった。
その勢いに、ぺたん、と思わず尻餅をつく。
.........ンカンカンカンカンカンカン
近くで踏み切りの音がする。電車が走り抜けるとその音は止み、スッと踏み切りは上がる。
その先に、彼の姿は無かった。
(...あぁ、そうだった。彼は、もう居ないんだった)
俺は立ち上がって砂を払い、程なくして帰路へとついたのだった。
お題「友だちの思い出」
出演 真人 陽太
俺は二人の話をぼんやりと隣で聞いていた。
思い返すと、この二人の事を深く考えた機会は無かったな、と。
窓の外には青空が広がっている。夏の空だ。
(...懐かしいな、この時代は確か他にも...)
思い出に浸っていると、目の前に、はらり、と少し太めの赤い糸が落ちてきた。
(.........引けと?)
俺はその糸を、くんっ、と引く。
「......何も起きね」
すると突然隣の座席の天井がパカッ、と開き、ガラガラと何か落ちてきた。
「ええぇぇぇ、聞いてない聞いてない」
俺は落ちてきた物を見る。
「......?メロンパンと、ドーナツと、ナッツと......え、横長のハムスター...?」
俺は困惑した。なんでこんな物が落ちてきたのか。
「食べ物か...?いやなんで」
「いってぇぇ!!!」
「喋ったッ!!?」
むくり、とメロンパン?が起き上がると一言叫んだ。
「アニキ~大丈夫っすか~?」
「あぁ...石だから大丈夫...」
(あの横長ハムスターは石なのかよ)
俺は心の中で突っ込んだ。
「二人は大丈夫...?」
「うん!いや~ビックリしたよ~」
「僕もちょっとだけ...」
ドーナツ?とナッツ?が起き上がってメロンパン?と横長ハムスター(石)に話していた。
(...あ、うわ、懐かしい...!)
俺は四体の姿を見て、昔を思い出した。
(...あれは、俺が初めて考えた...)
そうか、四人もこの列車に乗ってたんだな。
七月が始まる。
じゃあこの四人の事を、今月は書いてみようかな。
お題 「赤い糸」