「次はー...楽園ー楽園ー車内の方は座ってお待ちくださいー」
俺はそのアナウンスで目が覚めた。
どうやら寝ていたらしい。少し肩が痛い。
ぐーっと背伸びをして辺りを見渡す。
(そういえばさっきの二人は...)
俺は向かいの席に目を動かした。
「...は」
二人は俺が眠る前と変わっていなかった。まるで、そこだけ時が止まったかのような。
(...俺が寝たから、二人の物語はそこで止まったのか?)
などと考えると、再びアナウンスが流れる。
「この先ー電車が揺れることがございますーどうかーお気をつけてお過ごしくださいー」
そう言うとガタンッ、と車体が揺れた。
「うわっ」
俺はずべっ、と椅子から落ちてしまった。痛い。しかし向かいの二人は微塵も揺らぐことは無く、変わらない笑顔のままだった。
「いってぇ......なんで俺だけ...」
俺は腰を擦りながら立ち上がる。
「え、わ、わ、は!?やばっ!!!」
外を見ると先程の鮮やかな青色は何処にもなく、代わりに自然溢れる緑と大空が広がっていた。
「うーわめっちゃ綺麗!!」
俺がその景色を見ていると、ゆっくり電車が止まった。
しばらく待っていると、二人の男女が俺のいる車両に乗り込んできた。
「お洒落だな~」
「誰もいねーの?変なの」
一人は黒髪のストレートロングヘアー、もう一人は茶髪のちょっと癖っけのあるショートヘアー。
「あ、ここいいんじゃね?」
そう言って男性の方が指差したのは、俺の前の席。
「じゃあそこにしようか」
二人は向かい合う様にして座っていた。
「気持ちいい~」
(わかる)
「景色も綺麗~」
(わかる)
「そうだな、綺麗だよ」
(わか...ん?)
今、何か結構凄いこと言ってた気がする。
「楽園って名前の地名だからやっぱりそうだよね~」
「......そーだな」
もしかしてだが、男性の方は違う意味で言ってたのかもしれない。
表情も何もこっちからは見えないから、何とも言えないが。
五月が始まる。
じゃあ今月は二人にしようか。
お題 「楽園」
「誕生日?」
自室の机で作業する葉瀬(ようせ)が俺の方を向く。
「そうだよ。プレゼント何がいい?」
「えぇ~、んー...地球温暖化する前の地球」
「俺が用意できる範囲内でお願いします」
「ぶえー駄目か」
葉瀬は腕を振り上げ、椅子にもたれかかる。
彼女がそういうのも無理はない。何せ彼女の誕生日は8月の中旬、夏真っ只中だ。以前から、暑い暑いと訴えていたのを覚えている。
「玲人(れいと)なら模擬地球なんて、ぽんって出せるでしょ」
「俺をなんだと思ってるわけ?」
「玲人は玲人でしょ」
毎度の事ながらコイツ阿保かって思いました。
「だって今欲しいものってそれくらいしかないし...」
「規模を考えろ、規模を」
「ちっ」
「あ、舌打ち。しかも出来てないやつ」
「仕方ないでしょー!?小さい時親に止められたんだから」
「へったくそ」
「なんだと!!?」
こんなことが毎年続いている。欲しいものを聞けば有り得ない規模の物を言い、冗談だと言って次になんでもいいよと返す。
本人は欲しいものがない、と言っているが欲しいものがないんじゃなくて知らず知らずに諦めているのだ。
「......本当にない?欲しいもの」
「ん、んー...」
葉瀬は首を擦る。
「...例えばさ、どっか遊びに行きたいとか。このお菓子食べたいとかでもいいんだよ」
「んんー...!」
あ、これはちょっと思い浮かんだけど言っていいのかな、の顔だ。
「......えっと」
「うん」
「............んー...」
「.........」
「.........玲人と一日一緒に居たいなー...なんて」
俺はその言葉を聞いて彼女を思わず抱き締めた。
「え、ちょっ、は」
「うん!いいよ!一緒に居よう!」
わしゃわしゃと頭を撫でると葉瀬はくすぐったそうにした。
「他にもあったら言っていいよ」
「ん?ふふっ、無いよ。玲人が一緒に居てくれるなら、何もいらない」
なんて笑顔で言うから、俺は大きなケーキを買ってこようと考えてる。
この後、暑苦しいと言われて渋々離れた。
お題 「何もいらない」
出演 玲人 葉瀬
彼は素直で嘘がつけないらしい。
まぁ目を見てると分かる。透明で、キラキラ輝いていて......実(みのる)と違って誠実で一途だから。
だから余計に俺じゃない方がいいって考える。
君はまだ、これから色んな人と出会う。なのにこんな化粧をして元カレを唸らせようとしてる奴に構ってどうするんだ。どう考えても君は俺とじゃない。そう思ってるのに。
「...あのさ、海斗(かいと)」
「ん、何ですか?」
彼は俺に呼ばれて振り返る。
そう、その目だ。ただ愛してますと言わんばかりの優しい目。俺はその目に怖気づいて何も言えない。言いたくないだけなのかもしれない。
「......なんでもないよ」
「?そうですか...」
彼は再び花を見始めた。
君は俺に一目惚れしたと言っていた。じゃあ俺から容姿を取ったら、君は俺を愛してくれるのか?顔がぐちゃぐちゃになっても?真っ黒な怪物になっても?
聞けない。
聞きたくとも怖くて聞けない。その理由はたった1つ。
今ある幸せを手ばなすのが怖いから。
ただそれだけ。
お題 「君の目を見つめると」
出演 雪 海斗
「吹雪(ふふぎ)、何をしているのですか」
「天体観測です!」
吹雪もとい機体008号は手に平たい、円盤の様なものを空にかざしていた。
「これ、昔雪から貰ったんです。僕達のいる星の距離を計算して、印を付けたんです」
どうですか?と吹雪は自信満々で自分に見せてきた。
「今、地球から右近くに見えるのでここは春なんです。夏になったら左近くに見えるんですよ。秋はまた右近くに見えるんです。冬もまた左なんですよ」
自分には何故このような事をしているのか理解出来ない。地球から見える星の位置を把握して何になるのだと言うのだ。
「ここの星から見える星の位置を記録した方が有意義だと思われます」
そう言うと吹雪は微かに笑う。
「確かにそうかもしれません。でも僕は有意義よりも娯楽を取る派なんです」
なんて返すと再びその円盤を見始める。
自分は理解出来ないまま、その地をあとにした。
お題 「星空の下で」
出演 夜 吹雪
私は人より意思が弱い。それは自分でもわかってる。あぁ、意思が弱いっていうのは発することが出来ないんじゃなくて、元々頭で考えて無いってこと。
皆には明確に有るものが私には作り出せないって、ただそれだけ。
「____と、葉瀬(ようせ)ちゃんはどっちがいい?」
「あっち」
「えぇ?お母さんはこっちの方がいいと思うんだけどなぁ。でも決めるのは葉瀬ちゃんだからねぇ......本当にあっち?」
「......どっちでもいい」
「じゃあ...こっちにするね。いい?」
「うん、いいよ。それで」
いつもこんな感じだよ。お母さんは私が選ぶと大体嫌な顔をするから、最終的に任せてる。
本当どうでもいいから、どうでもいいから適当なんだ。
修学旅行の行き先だって、私が行きたかった所は1つも入ってなかった。それも特に気にしなかった。何か言うと後で面倒だし。
だから修学旅行の思い入れなんて特に無い。
それからも、なんとなくそれでいいで生きて来られた。
誰にも言ってなかったし、ずっと気にしてなかった。
けど。
「え、これ確か葉瀬苦手じゃなかった?」
って言われた。
「え?」
「そうなの?葉瀬ちゃん言ってくれれば良かったのに」
「そうだよ。無理する必要ないし」
「...い、やいや!別にそんなでもないし、チャレンジ~ぐらいだよ!それに皆これ食べたいでしょ?それでいいから。私は大丈夫だよ」
昔、お母さんに『葉瀬は好き嫌いが多いから、多少嫌いでもそのお店に行くんだよ。じゃないとその友達に迷惑かけるよ』と言われていた。だから弁解したのだが。
「折角なら皆が食べたいもの食べたいじゃん。無理しないでよ」
と断ち切られてしまった。
「え、えー...」
「葉瀬は食べたいものとかないの?なんでもいいんだよ」
「いや特に...皆が好きなもの食べよ、私もそれでいいよ」
「......俺は」
「?」
「俺は、葉瀬の『それがいい』って言葉が聞きたいな」
なんか少し悲しそうなのは、私が何も言わないから?
(そんなこと言われたってなぁ...)
「...た、拓也(たくや)これって...!!」
「うん......玲人...やっぱりだったよね...!?」
拓也と秋(あき)は顔を見合わせて何やら確かめあっている。なんか盛り上がってるけど何の話だろう。
「玲人もやっとか~」
「ちょ、違うから!2人共!!」
なんか玲人も混じってる。
これは私が言わなきゃ終わらないやつなのかな。
(確かに食べたいものはあるけど、言っていいのかなぁ...)
ちら、と確かめるように玲人を見るとこちらに気づいたのか自信満々に笑ってみせた。
「......うーん、じゃあ......これ、かな」
そうやって指を指すと、玲人は何故か嬉しそうに笑った。
「じゃあここにしよう!2人もいいよね?」
「しょうがないな~玲人は」
「は?なんで俺?」
「そうだね、これはほぼ玲人のお願いだね」
「ちょ、も、そういうのいいから!」
なんだかよく分からないけど、私が指差した店で良かったらしい。
「じゃあ行こうよ」
なんで玲人が私よりも嬉しそうなのか、この時はよく分かってなかった。
お題 「それでいい」
出演 葉瀬 玲人 拓也 秋