陽葵

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12/4/2023, 9:36:41 AM

#さよならは言わないで

大きなスーツケースを転がす彼女の後ろ姿を眺める。

控えめで、おとなしい彼女は絵を描く事が得意だった。
得意な絵を仕事にするため、フランス留学が決まった。

夢に向かって、新しい世界へ飛び込もうとする彼女。
そんな彼女の後ろ姿はとても素敵で
私まで誇らしくなってしまう。

大事な親友の第一歩を応援するため、
空港まで見送りに来たのに
行かないでと思ってしまう私が嫌だ。

彼女とは幼稚園からの幼馴染で高校まで一緒だったから
自他共に認める大親友だった。

保育士を目指す私と大学は流石に離れると 
思っていたけれど、
まさか海外に行くとは思ってもいなかった。

毎日会って、旅行に行って、電話もして。
そんな事が明日からできなくなってしまう。

悲しくて、寂しくて、彼女と過ごす最後の時間なのに
黙ってしまう私が嫌だった。

「ねえ、そろそろ行くね」

「…っ、うん。元気でね」

「もう、泣かないでよ…。
 一生会えない訳じゃないんだから」

「でも、いつ帰って来るか分からないんでしょ」

「そうだね、ちゃんと仕事になるまでだから」

「だったら…!」

「でも、さよならじゃないよ。それにさよならって
 言われたら私、夢叶わなかった事にならない?」

「あ…、そうかも」

「ね?時差はあるかもだけど、電話しよ。
 手紙も送るね?あ、小学校の時みたいに
 交換ノートでもする?」

「あは、いいね。じゃあ、私から送るね」

「うん、ありがとう。じゃあ、またね」

「うん、またね!」

彼女は私を力強く抱きしめた後
フランスへ旅立って行った。

「もう、謎にイケメンな事するんだから」

思わず呟いた私の独り言が
飛行機の音でかき消されていく。

あなたの親友としてまた隣に立てるように
私も夢を叶えるよ。

"また いつか笑ってまた再会 そう絶対"
イヤホンからそんな歌詞が聞こえてきた。

12/3/2023, 2:40:57 AM

#光と闇の狭間で

まだ日が昇っていない、午前4時。

珍しく目が覚めた。
同時に冷たい寒さが押し寄せて
慌てて布団を引き寄せる。

天窓から空を見る。
月も太陽も見えないこの時間の空が、
私は意外と好きだった。

そうは言っても、ほぼ起きる事のない時間だから
あんまり見る事はできないけれど…。

仕事に行く母が隣の部屋で準備をする時。
普段より早く寝た朝。
あるいは、次の日に不安な事がある夜。

そんな時、この空を見る時間に目が覚める。

でも、起きる時間まで後3時間。
早起きするのも良い事だけれど、
まだ温かい布団に包まれていたい。

さっきの夢の続きが見られるかな。
私は目を閉じて、闇の中へ包まれていった。



12/1/2023, 2:22:11 PM

#距離

"君ってさ、人との距離近いよね"

そう、男友達に言われた。

そうだよ、わざとだもん。
でも、それあなただけ特別近い事知ってる?

小学校からの幼馴染で、私の初恋の人。
頭の良いあなたと同じ高校に行きたくて、
勉強頑張っていた事知らないでしょ?

無事に同じ高校に入学できたけれど、
変わらない私たちの距離。

色んな人にくっつくふりをして、
あなただけにくっついてドキッとしてくれれば
いいのになんて思っていたけれど、変わらないあなた。

むしろ、嫌われちゃったかも…。

でも、今年で卒業だから告白する事にした。

友達として隣で歩くのはもう飽きたから。
次は恋人として隣を歩きたいな。

12/1/2023, 9:57:49 AM

#泣かないで

付き合って3年目のある日。
私が初めて愛した人は突然、この世を去った。
交通事故だった。

「ねえ、あの子の分まで幸せになってね」
彼のお母さんに葬式で言われた。
幼馴染だったから、彼の両親にも公認の仲だった。

頷く事もできなかった私に、
彼のお母さんは慰めるように抱きしめてくれた。
自分も息子を亡くして悲しいはずなのに
私の事を気遣ってくれる優しさは、彼に良く似ていた。


あれから1年。
少しずつ前を向けるようになった私は、荒れ果てた
部屋の整理を始めた。

彼の物を見るたびに涙が止まらなくて、
仕事も休んでいた。
こんなんだと、彼に笑われてしまう。
彼のお母さんにも合わせる顔がない。

悲しくはなるけれど、あの頃よりも思い出を
振り返られるようになったから。

「あ、これ初めてもらったネックレスだ」

「沖縄、楽しかったな」

「…っ!」

引き出しの奥から出てきた1枚の紙と私宛の手紙に
涙が止まらなくなった。

紙は、婚姻届だった。

手紙は、
誕生日のお祝いとこれからも一緒に生きていきたいと
いうメッセージだった。

事故から2週間後は私の誕生日だった。

ねえ、やっと泣かないで
前を向けるようになってきたのに…。

「私も一緒に生きたかったよ…。
 置いていかないでよ…!」

彼のお母さん、ごめんなさい。
私、約束を守れそうにないです。

だって、彼と一緒に幸せになりたかった。



11/29/2023, 1:24:46 PM

#冬のはじまり

通学路を歩く帰り道、
隣で歩くあなたとの距離が少しだけ近くなる。

「ん?どうした?」

「んー、ちょっと寒かったから…」

「そっか」

照れ隠しで誤魔化したけれど、きっとあなたは
手を繋ぎたい私に気付いている。

だって私の右手はあたたかくなったから。

春の終わりに付き合い出した私達。

夏は恥ずかしくて、誤魔化す事もできなくて、
あなたと手を繋ぎたいって言えなかった。

優しい彼は先に手を繋いでくれたけれど、
私から言いたかったから。

それでも恥ずかしくて誤魔化してしまう私だけれど、
やっぱりあなたは優しかった。

寒い日が増えてきたから、寒さに誤魔化して
あなたと距離が近づいてもいいよね?

あ、お揃いのマフラーも付けたいんだ。

それから、クリスマスに一緒に過ごしたいの。

冬はまだはじまったばかりだけれど、
あなたとしたい事がたくさんあるの。

誤魔化さずに伝えられるように頑張るから、
冬の終わりまで…
ううん、来年の冬もそのまた来年も
私の隣で歩いていてほしいな。

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