陽葵

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#さよならは言わないで

大きなスーツケースを転がす彼女の後ろ姿を眺める。

控えめで、おとなしい彼女は絵を描く事が得意だった。
得意な絵を仕事にするため、フランス留学が決まった。

夢に向かって、新しい世界へ飛び込もうとする彼女。
そんな彼女の後ろ姿はとても素敵で
私まで誇らしくなってしまう。

大事な親友の第一歩を応援するため、
空港まで見送りに来たのに
行かないでと思ってしまう私が嫌だ。

彼女とは幼稚園からの幼馴染で高校まで一緒だったから
自他共に認める大親友だった。

保育士を目指す私と大学は流石に離れると 
思っていたけれど、
まさか海外に行くとは思ってもいなかった。

毎日会って、旅行に行って、電話もして。
そんな事が明日からできなくなってしまう。

悲しくて、寂しくて、彼女と過ごす最後の時間なのに
黙ってしまう私が嫌だった。

「ねえ、そろそろ行くね」

「…っ、うん。元気でね」

「もう、泣かないでよ…。
 一生会えない訳じゃないんだから」

「でも、いつ帰って来るか分からないんでしょ」

「そうだね、ちゃんと仕事になるまでだから」

「だったら…!」

「でも、さよならじゃないよ。それにさよならって
 言われたら私、夢叶わなかった事にならない?」

「あ…、そうかも」

「ね?時差はあるかもだけど、電話しよ。
 手紙も送るね?あ、小学校の時みたいに
 交換ノートでもする?」

「あは、いいね。じゃあ、私から送るね」

「うん、ありがとう。じゃあ、またね」

「うん、またね!」

彼女は私を力強く抱きしめた後
フランスへ旅立って行った。

「もう、謎にイケメンな事するんだから」

思わず呟いた私の独り言が
飛行機の音でかき消されていく。

あなたの親友としてまた隣に立てるように
私も夢を叶えるよ。

"また いつか笑ってまた再会 そう絶対"
イヤホンからそんな歌詞が聞こえてきた。

12/4/2023, 9:36:41 AM