#光と闇の狭間で
まだ日が昇っていない、午前4時。
珍しく目が覚めた。
同時に冷たい寒さが押し寄せて
慌てて布団を引き寄せる。
天窓から空を見る。
月も太陽も見えないこの時間の空が、
私は意外と好きだった。
そうは言っても、ほぼ起きる事のない時間だから
あんまり見る事はできないけれど…。
仕事に行く母が隣の部屋で準備をする時。
普段より早く寝た朝。
あるいは、次の日に不安な事がある夜。
そんな時、この空を見る時間に目が覚める。
でも、起きる時間まで後3時間。
早起きするのも良い事だけれど、
まだ温かい布団に包まれていたい。
さっきの夢の続きが見られるかな。
私は目を閉じて、闇の中へ包まれていった。
#距離
"君ってさ、人との距離近いよね"
そう、男友達に言われた。
そうだよ、わざとだもん。
でも、それあなただけ特別近い事知ってる?
小学校からの幼馴染で、私の初恋の人。
頭の良いあなたと同じ高校に行きたくて、
勉強頑張っていた事知らないでしょ?
無事に同じ高校に入学できたけれど、
変わらない私たちの距離。
色んな人にくっつくふりをして、
あなただけにくっついてドキッとしてくれれば
いいのになんて思っていたけれど、変わらないあなた。
むしろ、嫌われちゃったかも…。
でも、今年で卒業だから告白する事にした。
友達として隣で歩くのはもう飽きたから。
次は恋人として隣を歩きたいな。
#泣かないで
付き合って3年目のある日。
私が初めて愛した人は突然、この世を去った。
交通事故だった。
「ねえ、あの子の分まで幸せになってね」
彼のお母さんに葬式で言われた。
幼馴染だったから、彼の両親にも公認の仲だった。
頷く事もできなかった私に、
彼のお母さんは慰めるように抱きしめてくれた。
自分も息子を亡くして悲しいはずなのに
私の事を気遣ってくれる優しさは、彼に良く似ていた。
あれから1年。
少しずつ前を向けるようになった私は、荒れ果てた
部屋の整理を始めた。
彼の物を見るたびに涙が止まらなくて、
仕事も休んでいた。
こんなんだと、彼に笑われてしまう。
彼のお母さんにも合わせる顔がない。
悲しくはなるけれど、あの頃よりも思い出を
振り返られるようになったから。
「あ、これ初めてもらったネックレスだ」
「沖縄、楽しかったな」
「…っ!」
引き出しの奥から出てきた1枚の紙と私宛の手紙に
涙が止まらなくなった。
紙は、婚姻届だった。
手紙は、
誕生日のお祝いとこれからも一緒に生きていきたいと
いうメッセージだった。
事故から2週間後は私の誕生日だった。
ねえ、やっと泣かないで
前を向けるようになってきたのに…。
「私も一緒に生きたかったよ…。
置いていかないでよ…!」
彼のお母さん、ごめんなさい。
私、約束を守れそうにないです。
だって、彼と一緒に幸せになりたかった。
#冬のはじまり
通学路を歩く帰り道、
隣で歩くあなたとの距離が少しだけ近くなる。
「ん?どうした?」
「んー、ちょっと寒かったから…」
「そっか」
照れ隠しで誤魔化したけれど、きっとあなたは
手を繋ぎたい私に気付いている。
だって私の右手はあたたかくなったから。
春の終わりに付き合い出した私達。
夏は恥ずかしくて、誤魔化す事もできなくて、
あなたと手を繋ぎたいって言えなかった。
優しい彼は先に手を繋いでくれたけれど、
私から言いたかったから。
それでも恥ずかしくて誤魔化してしまう私だけれど、
やっぱりあなたは優しかった。
寒い日が増えてきたから、寒さに誤魔化して
あなたと距離が近づいてもいいよね?
あ、お揃いのマフラーも付けたいんだ。
それから、クリスマスに一緒に過ごしたいの。
冬はまだはじまったばかりだけれど、
あなたとしたい事がたくさんあるの。
誤魔化さずに伝えられるように頑張るから、
冬の終わりまで…
ううん、来年の冬もそのまた来年も
私の隣で歩いていてほしいな。
#終わらせないで
「デート、楽しかったね!」
そう言った僕に、少し震えた声で頷く彼女の声に
何故、気づけなかったのだろう。
お互い、仕事が忙しくて久々になったデート。
彼女と過ごせる時間が嬉しくて、楽しくて、
いつもなら気付ける彼女の変化に、
気付く事ができなかった。
デートから1週間。
いつも返信の早い彼女と連絡が取れなくなった。
仕事が忙しくて1日空く事はあったけれど、
1週間は初めてだった。
次の日、
彼女の携帯に連絡を取る事はできなくなっていた。
何故、どうして…。
共通の友人であり、彼女の親友へ連絡を取った。
「私から言ったら怒られちゃうなぁ。
でも、私はこの方がいいと思っていたから話すね」
そう切り出して話し始めた友人の話に
僕は涙が止まらなかった。
「もう…泣いてないで、さっさと会いに行きなさい」
そう背中を叩いて励ましてくれた友人は、
僕よりずっとかっこよかった。
着いた先は大学病院だった。
彼女は余命3ヶ月の宣告を受けて
僕から離れようとした。
デート後に別れを告げようとしたが、体調が急変して
意識が戻らないらしい。
「ねえ、何で教えてくれなかったのさ…。
僕にいつも無理しないでねって言うのに、
君が無理してどうするんだよ…」
友人に託された遺書代わりのラブレターを読みながら、涙が止まらない。
「勝手に終わらせないでくれる?
僕は君と結婚を考えていたんだけどなぁ」
「…っ!」
慌ててナースコールを押す。
僕の言葉と共に彼女の目が開いた。
「…っ」
声はまだ出ないらしい。
見開いた目から彼女が驚いている事が分かる。
言葉を交わす事なく、看護師さん達が
彼女の周りを取り囲む。
検索が終わって数時間後、僕はまた会いに来た。
「おはよう…。会えてよかったよ…。
さっきの言葉聞こえてた?勝手に終わらせないで。
君と結婚したいんだけど」
「…っ」
涙を流しながら首を振る彼女。
「僕の事、もう嫌いになったなら結婚は諦める…。
でもそうじゃなかったら、結婚してほしい。
終わらせないでよ、終わらせるつもりもないよ」
「…っ」
今度は頷いてくれた。
「ありがとう。絶対幸せにするから」
あれから奇跡的に回復した彼女は、
僕と結婚して2年後にこの世を去った。
3ヶ月の余命より長く生きた彼女に医者は驚いていた。
友人は結婚式で僕らより泣いていた気がする。
「ねえ、2年だけだったけど幸せだったかな?
僕はとっても幸せだったよ」
彼女との思い出の道を歩きながら呟く僕に
返事をするようなあたたかい風が吹いた。