「君は強いね」
と、よくお前は言う。
俺はいつも、まあな、ってテキトーに誤魔化すけど、本当はそうじゃないと分かってるんだ。
俺は、男だから、そんなにしょっちゅう泣けるように身体ができてないんだよ。
「君みたいに強くなりたい」
と、よくお前は言う。
俺はいつも、誤魔化して軽く笑うけど、本当は違うと分かってるんだ。
俺は。
俺は、お前みたいに必死に生きてないから、だから泣く理由が無いだけなんだ。
ただ、それだけなんだ。
勘違い、するなよ。
2022/10/11:涙の理由
こんな煩わしさなんて全て忘れて、
今夜は俺と踊りませんか?
2022/10/6:踊りませんか?
お前の気持ちなんて俺には一生分からないと思う。
俺はそんな些細なことで泣いたりしないし、苦しみもしないし、そんな小さなことで喜んだり、感謝したりしない。
つくづく馬鹿だと思うのに、俺はその馬鹿さを本心では笑えない。
俺の気持ちなんてお前には一生分からないと思う。
けれどほんの一瞬、分かり合えたと思う瞬間が、確かにこの夜にはあって。
そんな時間が一生続けばいいと思ってばかりいる。
明日も隣にいられるだろうか?
きっと大丈夫だと、根拠もないのに、そう思えた。
2022/10/1:きっと明日も
彼女の心にはよく雨が降る。
毎晩、一度ひどく降ってはすぐに腫れ上がる突発的な通り雨が、彼女の心にはやって来る。
「疲れるなぁ、ホント」
雨上がりの地面がいつもぐちゃぐちゃになるように、彼女の心もそう簡単に元には戻らない。
「あたし、なんでこんなに疲れるんだろ。生きてるだけで、なんでこんなに辛いんだろ」
窓際でそう話す彼女の濡れた瞳が、月明かりに照らされて少し光る。
その姿を目の前にすると、大丈夫だと慰めることさえ無責任に思えた。
明日も雨はやって来るだろうか。
きっと来る。生きている限り、通り雨は過ぎ去らない。
自分が傘になれないことは知っている。
それでも側にいることが、せめてもの救いになると信じて、静かに泣き続ける彼女を抱き寄せた。そのまま何時間もそうしていた。気づけば夜は明けようとしていた。
2022/9/28:通り雨
性別も年齢もバラバラの人間が一度に同じ空間に押し込められる景色は滑稽で、移動手段のはずが今すぐにでもここから逃げ出したくて仕方がない。
地下を走る電車の窓からは、真っ暗なトンネルの内側しかか見えず、その曖昧な黒色に、死んだ顔の自分がぼんやりと写っていた。
目的地まであと5駅。
電車が地上に戻り、不意に、視界が明るくなった。
ドアが開くと同時に、一気に降りていく人の洪水に抗いながら、やっとのことで列車内に戻ると、隣から聞き馴染みのある声が響く。
その声は風鈴に似ている。
「おはよう。最近、よく会うね」
そう言って、長い黒髪を耳にかける動作が、窓から射し込む光に照らされていた。
窓から見える景色はいつも変わらない。退屈な町並みが延々と続くだけだ。
それなのに、最近の景色がどうしてこう明るく見えるのが、僕にはさっぱり分からない。
2022/9/26:窓から見える景色