もんぷ

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10/12/2025, 2:32:05 AM

未知の交差点

 やばい。普段こんなに追い込まれることなんて中々無いのだけれど。朝起き掛けにアラームを止めた時のこと、なんとなく気づいた違和感で寝ぼけていた脳が覚醒するのが分かった。どうやら昨日の夜、電源タップの方の携帯の充電のコードがしっかりささっていなかったらしく、充電がされていなかった。残量は昨日と同じぐらいの23%を指していた。昨日は疲れすぎていて、家に戻ってきてシャワーを浴びてアラームだけかけて倒れ込むように寝てしまった。さらには、少しでも睡眠時間を伸ばしたくて起きてすぐに家を出なきゃ間に合わないような時間にアラームをかけていたのでもう出なきゃ行けない時間。さぁ、どうする。初めて行く場所だからナビは必須だしマップアプリですり減らした充電は目的地までもつのか。片手で足りるぐらいのパーセンテージを指した頃、背に腹はかえられないと、ある人のトークルームを開いてメッセージを送りつけた。未知の交差点ですれ違う人の顔を眺めつつ、辺りを見回す。うん、やっぱり迷った。コンビニも全然無いしモバイルバッテリーも買えなそう。はぁ、と大きいため息は知らない街に溶けていく。
「おーい!!」
やたらと聞き慣れた声がして顔を上げると、頼ってくれて嬉しいと言わんばかりに、憎たらしいほど笑顔なあの人が手を振っていた。それでもなんだか知らない街で知ってる人に会えたと言うことにほっとして顔が緩んだ。

10/11/2025, 7:51:20 AM

一輪のコスモス

 コスモスを入荷したから、入ってきて一番目立つ場所に置いた。秋の桜と書くコスモスはこの時期本当に人気で、特にピンクのコスモスはよく売れる。買っていく人のうちで花言葉を知っている人は、どれだけの割合なのか気になるところだが。まぁ知らない方が良いことだってある。花を買っていく人に用途や渡す人について尋ねたりはするものの、おせっかいなことだってあるし。
 午前のお客さんが捌けて行った頃、ひょっこりと川崎さんが顔を出した。俺と同じぐらいの年齢の常連さん。特別花に詳しいとかマニアということでは無いらしいが、一年ほど前から週に一回は必ず顔を出すように頻繁に通い続けてくれている。
「川崎さん、いらっしゃいませ。」
花屋に来る人にしては派手な髪色といかつめのジャケットにシルバーアクセサリー。最初見た時は派手そうだし作った花束とかクレームつけてこないかなとか失礼なこと思っていたけど、最近になって自分もそういう系統が好きだということに気づいた。別に川崎さんの影響とかではないけど、と誰に聞かれるでもなく強がってみる。
 あ、持っているカバンも、ちょっと気になってたブランドのやつだ。うわー、話したい。それ良いですよね。よく行くんですか。てか、そこのショッピングモールに今度その店できますよね。楽しみですね。一緒に行きませんか。その一から百まで全て声を出すことはなく、今日もにっこりと笑って「ごゆっくり」と声をかけるだけ。仲良くなりたい、は自分の欲だ。ただの「よく行く花屋の店員と常連」の関係から踏み出したいのが自分だけだったらどうする。彼が来ないバイトは時間が経つのが遅いんだよ。あぁ。彼が求めているのは花であって自分でないことは分かっている。だから他と変わらないように、でもちょっとポイントカードに記載された名前を覚えて呼んでみたりして。いつもありがとうございます、なんて感謝をしても彼ははにかむだけ。距離が近すぎる接客は苦手なんだろうなと判断して、ちょうど良い距離感を探っていた頃、たまたま叔父である店長とシフトが被った時のこと。
「あ!川崎さん。いらっしゃいませ。あ、今日3限終わりの日か。あれ、サークル行かなかったの?」
「はい。今日無くなっちゃって。」
「あーそうなんだ。残念だね。」
そう言いながら楽しそうに微笑んでは軽い会話を楽しんでいた。はぁ?なんでそんな仲良さげなわけ?叔父さんは確かに社交的な方だし接客業向いてるのは知ってたけど、川崎さんは違うじゃん。そういうの苦手そうだったじゃん。なんでそんな気軽に会話してんの。楽しそうにしてんの。俺の方がもっと色んな話できるのに。その日はムッとして裏に事務作業しに入ってしまった。あの日以来会うのが今日が初めてでなんか気まずい。隅の方でこそこそと花を手入れしていたら、ふと川崎さんの声が響く。
「…あの。これ、前無かったですよね。」
ゴツゴツしたリングがついた指はしっかりと今日入荷されたコスモスをさしている。
「…はい。今日入荷されたんです。毎年この時期は人気で。今年もとても綺麗に咲いたんです。」
話しかけられたことが嬉しくてついたくさん話しすぎてしまった。あ、やばいかもと思ったけど彼は穏やかにそうなんですねと頷いていた。
「コスモス、誕生花なんで嬉しいです。一輪いただけますか。」
「はい、もちろん。」
これから、少しずつでいい。少しずつでいいから、そうやって新しいことが知れて、楽しく会話できたらそれでいい。焦らずに、機を狙おう。一輪のコスモスは美しく咲いていた。

10/9/2025, 11:06:46 PM

秋恋

「春は出会いの季節だから恋の季節って言うじゃん?夏は花火とかお祭りとかそういうワイワイ感ある浮き足立つ恋の季節じゃん?冬なんてクリスマスあるし人肌恋しい時期なんだから一番恋の季節じゃん?

 でさ、そう考えたら、秋だけ何もない一番安心できる季節だなーって思ってたんだけどさ。まさか相手がいない人同士でクリスマス遊ぼって言ってた計画が白紙になるぐらいみんな一気に付き合い出したじゃん?あれ、本当になに?いいもん。ハロウィンで小悪魔の格好して一人でカボチャ系のスイーツ頬張るし。それでその格好インスタにあげてやるからマジで誰か声かけてこいよ。こんなかわいい女一人にすんなよ!クリスマスまでには人並みに恋愛させてよ!……なんていう人が増えるから秋は恋の季節って知ってた?」

「知らない。てかそれが本当ならクリスマスのある冬に向けた行動ってことでしょ。他の季節から準備始めるくらいだから、やっぱり冬が一番恋の季節じゃん。」
「いや、春の方が…」
「や、やっぱり夏もさ…」

やはりディベートは若干劣勢だ。

10/9/2025, 10:01:42 AM

愛する、それ故に

 愛する、それ故に。あまりにも下手な嘘さえ、信じたくなる。

10/8/2025, 7:53:44 AM

静寂の中心で

 早朝は音も無く、とても静か。明るくなりきらない外は雨も降らずにただ暗いだけ。まだきっと草木も鳥も眠っている頃だろう。ふと目を開けると、左隣にはいたはずの人がいない。思考が働かない脳をそのままに上半身だけ起こす。都会のど真ん中の高層マンション。きっとこの周りには相当な数の人がいるはずなのに、ここまで静かなのはまだ人間が活動する時間では無いからだ。ぼーっと虚空を眺めていると、音も無くドアが開いた。

 こちらが起きていることに少し驚いた顔を見せたその人は、吸い込まれるように自分の左隣に落ち着き、優しく頭を撫でてくる。会話は無くとも、まだ寝てて良いからという彼なりの優しさだろう。顔を寄せ、額をつける。甘えるようなその自分の仕草に彼は柔く笑う。おはようもおやすみも無い。ただいまもいってきますも無い。ただ、好きがあるだけ。それだけで彼はここに帰ってくるし、自分もここに帰ってくる。その好きが無くならないように、まだ残っているかを確認しながら今日も肩を寄せる。静寂の中心で、確かにあるはずのものを何度も分かち合いながら、朝が始まる。

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