涙の理由
よく泣く人ではあったから、なんで泣いてるのって笑いながら茶化すことはしても、その理由を本気で問うことはしなかった。中学の時も高校の時もクラスが離れたというだけで今生の別れのほど泣いてくれたり、自分が失恋した時は今までにないほど泣きながら怒ってくれた。自分が泣きそうな時にはその人の涙が埋め尽くしてくれて、いつのまにか悲しい気持ちは消えて笑わせてくれる。本当に優しい人。その涙に何度も救われて乗り越えられたことがある。
自分が家族のことで悩んでいて家に帰れずに泊めてもらった時も、就職でうまくいかずに飲み明かした時も、何事もうまくいかないと嘆いて深夜に電話をかけた時も。全てを受け止めて自分の代わりに泣いてくれて、あぁこんなに自分に寄り添ってくれる人がいるならなんかもういいやって思えた。
だから、少し困惑したのだ。その人の涙の理由は自分の涙の理由であって、全てを分かち合っていると思っていたのに、急にその人が泣き出したから。でもそこでやっと気づいた。自分が関係していないその人自身の涙を知らないことを。きっと自分のように些細なことで悩み、人知れず涙を流すことだってあったはず。自分が代わりに流してあげることができなかった涙を一人で請け負っていた夜があったのかもしれない。自分はその理由を知らず、これからも知れずにいるかもしれない。
でも、やっと気づいた。長年の想いを伝えてくれたその人はずっと泣きそうで、それでも堪えてまっすぐに伝えてくれた。その涙を分け合うのは自分でありたい。自分が代わりに泣いてあげて、なんでそっちがそんなに泣くのと笑わせてあげたいから、その人の誘いに泣きながら頷いた。
パラレルワールド
なつがおわってしまって
なんかさみしくなって
またなつがくるって
がんばってすごしてみたけれど
りこうなかれはすがたをけした
時計の針が重なって
私はガラスの靴を与えられるようなプリンセスでは無いから、時計の針が重なる度に徐々に魔法は解けていく。徐々に、徐々に、時間が進むごとに綺麗ではなくなって、鐘がなる頃には誰も見向きもしない私に戻る。朝にはあんなに丁寧に魔法をかけたはずなのにな…とは言っても、私ごときが魔法をかけても寄ってくるのは、絵本から飛び出したような王子様ではなく、下心が透けて見えた碌な人では無いのだけれど。
それでも、いつかはその鐘を鳴らす誰かのプリンセスになりたかったのだけれど。豪華なドレスも綺麗なメイクも全て取っ払った私を愛してくれるような人はいなかった。惰性だけでも一緒に過ごしていた彼は、やはり私のお金やら体やらが目当てだったらしく、他に良い子が見つかったらしくあっさりと手放されてしまった。あぁ、今すぐ魔女が現れて舞踏会に行くことにならないか、なんて考えていてもここはファンタジーの世界ではなくて紛れもない現実で。自分のことが大好きな王子様が現れることを夢見ていい年もとうに過ぎてしまったから、仕方なく明日の仕事について考えながら目を閉じる。時計の針が重なる音がした。
僕と一緒に
ぼ、僕と一緒に…なんて自信無さげに言い出す彼を見て自然とため息が出る。案の定、私のため息に過剰に反応して肩を落とした。なんで自信無さげなのよ。もっと男らしく誘いなさいよ!
にしても、この草食というより何も食べられなかった植物みたいな男が、ここまで勇気を出せるほど成長したということは分かる。その努力だけは買ってあげるわ。だから次はもっとスマートに言いなさいよ!ばか!
はぁ、いつまで待ってあげたらいいんだか。待ちくたびれすぎておばあちゃんになっちゃうわよ!あんたが言いたいっつってんだからこっちは待ってんのよ!結婚しようぐらいさっさと言いなさい!ていうか、むしろおばあちゃんになるぐらい一緒にいるなら言われなくても結婚してるようなもんじゃない!
……それはそれで素敵ね、なんて思ってないんだから!!
cloudy
昨日から気温が急に下がった上に曇ったせいでとてつもなく寒い。朝はあんなに暑かったのにこんな寒くなるなんて罠じゃないの?!なんて悪態をついてみても気温は変わらない。これだけで良いわ、とノースリーブワンピースで出てきた数時間前の自分を恨む。羽織りは日除けだけじゃなくて気温調節にも良いわよなんて教えてくれた姉の言葉を思い返す。だってあんな真夏のあっつい時にも長袖の羽織り着てるような人の言葉なんて信じられる訳ないじゃない。見てるだけで暑苦しいわ。ふと冷えた風が足のスリットからも入ってきて肩を震わせる。なによ、風なんて吹くんじゃないわよ!寒いじゃない!怒りと共にヒールを鳴らす音を大きくしていると、ふと見知った癖毛が歩いているのが見えた。より一層歩くスピードを早めてその天然物のくるくるの茶髪に追いつくと、私が肩を掴むよりも先に彼が振り向いた。おそらく私のヒールの音に気がついていたらしく、誰が来るかは分かっていたと言わんばかりに落ち着いた表情で「おはよう」と挨拶をされた。眠そうな目は長いまつげを上下しながらもこちらを捉えている。
「おはよう。上着を貸しなさい。」
カフェでコーヒーを口にしていると、窓の外に上機嫌な妹が歩いているのを見つけた。横を歩くのはどこか不思議な空気を纏う人で、顔の雰囲気は綺麗で大人っぽいのに癖毛やら何やらで幼くも見える。噂には聞いていた彼の姿をまじまじと見る。話通りまつ毛長いわね、羨ましい。それはそうと、妹はあんな服持ってたっけ。家を出てからというもの服を貸し借りする頻度は減ったけど、それでもなんとなくの服の好みの感じは知っているからあんな落ち着いた茶色のシャツを持っているとは驚きだ。やたらと派手で露出の多い服を好む彼女で、むしろこの時期に長袖を持っているのがびっくりなのだけれど。彼女は長袖ばかりの私のワードローブに文句を言いつつも気に入ったものは我が物顔で持っていくことも多かったけど、私はというと借りれるような服が少なかったからああいうシンプルな羽織りがあるならありがたいなんて思いながら窓の外を見ていたら前の席に愛しの恋人が帰ってきた。
「ごめん、お待たせ。何見てるのー?」
「ん、あれ。」
「あ!妹さんじゃん。声かけなくて良いの?」
「良いの。デート中みたいだし。それにこっちだってデート中だし放っておける訳ないじゃん?」
「もうー…」
なんて言いながら呆れなんだか照れなんだかで顔を隠す姿がかわいくてこちらも笑みが漏れる。そういえばうちの妹でさえしっかり秋らしいシャツを羽織っていたというのに、目の前のかわいい恋人は今日も今日とて元気に半袖だ。
「…寒くないの?」
「え、全然。むしろ暑くない?」
……元気で何よりだ。