もんぷ

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9/18/2025, 10:23:19 AM

もしも世界が終わるなら

 もしも世界が終わるならどうする。これ以上悲惨なものはない自分の問いに対して、彼は嬉しそうに笑った。彼にとっては世界が終わる悲しみよりも、仕事から解放される嬉しさの方が勝っているようで、可哀想としか言いようがない。まるで理想の老後を尋ねられたように穏やかに微笑み、カーテンを変えるかなぁと間延びした声で答えた。今彼の部屋のカーテンが古くなったから買いに行こうとして、激務で倒れ込むように寝ていた彼を連れ回して家具屋で調達した新しい鮮やかな緑色のカーテン。休みが合ったからとデート気分でるんるんしていた自分とは対になるように家でも車でもほとんど眠っていた彼は疲労を拭えない顔で横を歩いていた。申し訳ないことをしたなぁと思ったから、自分の身長では届かないカーテンを変えてほしいと彼にお願いすることはできなかった。あれから3ヶ月、自分も彼も変えることのできないままカーテンは押入れの奥にしまわれていた。世界が終わってしまう最後の貴重な時間をわざわざカーテンに、とも思ったけど自分との思い出を大切にしてくれている気がして嬉しかった。じゃあ自分はコーヒー淹れたげるね、と彼の最後の日に割り込んで一緒にいることを半ば強引に約束する。世界最後の日、荒廃した外の世界を真緑のカーテンで遮断し、まるで永久にも続くような二人だけの時間をコーヒーと共に過ごそうなんて最高なプランではないだろうか。

9/17/2025, 11:21:28 AM

靴紐

 自分の靴紐さえ上手に結べないくせに、ママになるなんてよく言ったものね、と母に笑われた。その嘲笑には、いつもの意地悪と、口の悪さ以外に、どこか寂しさが詰まっているような気がして涙が溢れた。ほら、まだこんなに泣き虫じゃないと笑う母の瞳もどこか光っているように見えたのは私の視界が歪んでいたせいだろうか。

9/17/2025, 9:28:51 AM

答えは、まだ

 本当に贅沢な話だと思う。ひしひしと伝わってくるその好きという気持ちだけ貰っておいて、困らせたくないという最上級の愛で選択は迫られず、急かされないから焦らずに笑って、全てを許されて。こんなにも幸せにしてもらっているのに自分は何一つ返せず。それでも今のところ、答えは出せないなんてふざけているにも程があるだろう。いつか、この答えが出せない自分に呆れて、横にいた人がどこかへ行ってしまうその時までは、ずっと幸せでいさせてほしい。本当は答えなんて出てるのに、大好きなのに、ごめんね。いつまでも自分を想って、安心なんてせずにずっと欲しがっていて欲しいから。だから、ごめんね。答えは、まだ。

9/16/2025, 9:35:17 AM

センチメンタル・ジャーニー

 改札に入る前、都会は怖いところだから気をつけなさいと口を酸っぱくして母が言っていた時も、自分はかわいくないから大丈夫だよと笑って手を振っていた。都会の夜は夜でも明るくて、寂れたスナックしか光が灯っていない地元とは大違いだと理解した。すれ違う人皆がキラキラしていて、道路を通るトラックでさえ何かのアナウンスをして街を賑わせていた。片手には大きすぎるキャリーバッグ、もう片方にはマップアプリ。右も左も分からないから縮こまって歩く。何メートルあるか分からないビル群にイケメンやら綺麗な人やらの看板が大きく貼られている。信号待ちでぼーっとその看板を眺めているうちに思う。自分がかわいくないことは思春期に入ってからはよーく理解していたし、先輩が高校卒業する前にと勇気を出した一世一代の告白もあえなく散った。失恋と言うには少し呆気なさすぎるし、元々成功すると思っていた訳でもない。ただちょっと、ほんのちょっとその優しさに期待してしまっただけで。
「おねえさんかわいいね!ごはん行かない?!」
髪とテンションの明るい男の人がそう声をかけてくるのを苦笑いして通り過ぎる。おそらく母が東京は怖いところと言っていた理由の一端だ。額面通りかわいいを受け取れるほどおめでたい頭はしていない。信号が青になったと同時に少し歩くスピードを早めると、後ろから本当はかわいくねーしブスが調子乗んなといった旨の罵詈雑言が耳に残った。ほらやっぱり。私はその程度の"かわいい"しか受け取れない女なのだ。もはや涙も出ない。少しだけ重くなった足で安いビジネスホテルまでの道を急いだ。

9/15/2025, 9:35:09 AM

君と見上げる月…🌙

 すっかり日も落ちて暗さを増した歩道を歩く。仕事帰りの脳は開放感と共に怠さを示していて自然と足が重くなる。ただそれでも歩くことができているのは、自分よりも歩幅の小さい右の人に合わせてゆったりしたペースで進んでいるからであろう。
「あ、見て。月。」
「…ん。ほんとだ。」
普段空なんて見上げないから三日月なんて久々に見た。天候で空気が澄んでいるからかはっきりと見える。自分の方が空に目線は近いのに、全く気が付かなかった。さて、月が見えると言われたからといって何て言えば良いのだろうか。生憎月を見ても月だなーと思うくらいの感性しか持ち合わせていない。昔の人は月が綺麗だとかいうだけで告白できるとか言うけど普通になんでだろ。月が綺麗だからってなんだ。誰といたって月は綺麗なんじゃないか?というかそもそも月って綺麗か?なんて言えばこの小さいのによく喋る人にムードも何も無いと怒られてしまうだろう。
「…月が綺麗ですね。」
月が綺麗だとは思っていなくても、その奥に潜む想いは一緒だから。こんな疲れた時くらい素直になってもいいだろう。なんて思った俺が馬鹿だったのか。
「ね!めっちゃ綺麗ー!」
ただの世間話だと捉えた右隣の人はご機嫌そうに声を弾ませていた。こっちはこんな柄にもないクソ恥ずかしいことしたのにまさか伝わらないなんて。顔の赤さを隠しつつ、ただ月を見ながら一緒に歩くだけで満面の笑みを見せる横の人を見てまあいいかと思い直した。

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