春恋
春はみんな浮かれてるから恋しがち。気持ちが浮ついているから、今までに会ったことのない人の新鮮さとときめきを履き違えているだけなのだ。普通は桜が散る頃にそんな勘違いに気づくものだが、どうにも覚めない人がいた。一目惚れだと気持ちを伝えてくれたのは嬉しいが、自分にそんな出来事が起こるなんてどうしても信じられない。何かの罰ゲームか、ひどい勘違いか、何か自分の資産とか個人情報とかが狙われているのか。ひどい想像ばかりで頭が混乱しそうだが、兎に角本気でそんなことが起こるはずがないのだ。客観的に見てもイケメンとは言えない自分の容姿は生まれてから何十年鏡と向き合ってきたから分かる。命を救うだとか何かこの子のピンチを助けたとかならそれもわかる。ただそれもないのだ。新学期、自分がただぼやっと廊下を歩いていたら新入生らしき女の子に一目惚れだから付き合ってほしいと言われた。そんなわけあるわけない。何がどうしてそんなことを口走っているのか本当にわからない。そして今日もその子に付き纏われている。
「先生、前の件考えてくれました?」
「無理だって。どう考えてもおかしいし、そんなのありえないから。」
「えー!じゃあ卒業したら考えてくれます?」
「卒業って…入学したばっかりでしょ。いくら女子校で男子がいないからっておかしいから。」
「えーーーー」
未来図
無意識に描いていた未来図には当たり前のように君の姿があって、見据えていた未来ではニコニコと私が作ったパンケーキを頬張る君の姿があった。本当に当たり前だと思っていたのに、これが壊れる未来なんて予想だにしなかった。それでも、君が私のもとを離れるのなら笑って送り出さなきゃいけない。またなんてなくてもまたね、ありがとうねと笑ってみせなければならない。それが恋人としての最後の仕事。
ひとひら
ひとひらの桜の花びらが自分の手の甲をすっと撫でた。
「桜ももう終わるね。」
はやとの優しい声にうんと小さく返事をして上を見上げる。いつのまにか咲いて、いつのまにか散っている桜を見るのは人生で17度目のこと。最初の方の記憶なんてほとんど無いけど、とにかく桜は好きだ。
「だいちゃん進路の紙出した?」
「ううん、まだ。」
「おれも。あと二年あるし大学どこ行きたいなんて三年になってからでいいよなー。」
「わかる。ほんとそう。」
何気ない会話を口にしながら桜ばかり続く道を歩く。新学期が始まって、二人とも同じ二組で喜んだりして、同じ道を帰る。こんな日々がずっと続けば良い。幼稚園の頃から一緒でこの年までクラスも同じ。でも大学、就職…となればこれからもずっと一緒になんていられない。大人になんてなりたくない。この大好きな親友と過ごす青春を終わらせたくない。
風景
久しぶりに訪れた美術館、なんてことはない風景画に足を止めた。家のテレビと同じぐらいの大きさのキャンバスに描かれた田園風景。綺麗すぎない風景は本当に写実的でどこか懐かしさを覚える。作者の名前は見たことも無かったし、今まで見てきた中に同じ名前は無かったのでまだ駆け出しの人なのだろうか。期間限定の特別展示だった展示目当てに来て、目的も済ませたので普通の展示を見ているがどうにも自分は美術に疎いらしい。ただ抽象的で雑な筆運びの作品ばかりに見えていまいち楽しめなかった。ただこの絵はすごく好きだ。さっきから他の人はこの絵を数秒見ては通り過ぎていき、よくわからない絵をほうほうと楽しそうに見ている。そういった通らしい感性は持っていないが、良いと思えるものがあって良かった。それだけでチケットの料金のもとはとれた気がする。
君と僕
二人だけの世界なら良いのにと何度願ったことだろうか。君は僕しか選べないし、僕以外を見ることも知ることもできない。僕はこの二人きりじゃない世界でも君じゃなきゃダメなのに、君はこの世界だと僕以外に目移りしすぎる。許せない。だから、君が僕だけを見てくれるように、今日も鬱陶しいほど君だけを見ている。