首裏には真白の蝶が住まう。
流行りのバーコードではなく、旧式のAnalogSerial。バーコード形式のSerialならヴィジュアルトレースされた自らの分身(アバター)を具現化できるのだが、いかんせんバーコードは殺風景に過ぎた。見た目でアバターがわかるのはAnalogSerialの利点だが、最新形式には動きが劣る。
首を撫で、熱を与えることで仮想現実にダイブできるシステムは画期的だ。
旧式であれ、彼女は自らに刻まれた蝶を愛していた。
すでに絶滅へとたどり着いた太古の昆虫、誰も生体を目にしたことはない。
データの中にモンシロチョウは生き続ける。
彼女が失われるまで。
吐いた息は少し湿っぽい。
まるで体の内側から汗をかいたみたいだった。
見ているだけで満足だった。
告白なんてとてもできない。この胸の高鳴りは今だけ。
一年だけ見守ろう、そう決めた。
一年後…
あたしは口から水を吐いていた。
ただの水じゃない。滝の勢いだ。
おかげで立ってはいられなくて今は台座に固定生活だ。
不思議なことに疲れないし、病気もないしご飯もいらない。
告白?無理を言うな。今のあたしは人間滝だよ。
日々研究されてるわ。たまに小さな淡水魚も吐くから川の水らしい。知ったこっちゃない。
動けないあたしの楽しみはスマートフォンかタブレット(防水)しかなくなっちゃった。
……あー。早く水枯れないかな。
ありがたがって目の前で水汲みもやめて欲しい。
見た目があれだからって体部分に箱まで検討されだした。
早くほろびてほしい。こんな星も、この気持ちも。
ぐずついていた天気は次の太陽を連れてくる。
水の痕跡は大気に残されたまま、静かに天に帰り続けているのがわかる。
眩しい季節も、雨に濡れる路面も、肌に感じている温度すらそこに存在する空気を生み出している。
時間をかけた一日のはじまりとおわり。
明日を失うこの土地は、記憶を抱いたまま水底に沈む。
わずらいがもたらした眠りについている、あなたのおもいでと一緒に。
絵の具であるとある人は教えてくれて、クレパスだと他の人は告げた。
他人の目というフィルターを通した世界はなるほど色があふれているのだろう。
深遠の月の下、制限された視界ですら単色でなく塗り分けられているという。
その差を言葉でしか受け入れられないわたしは柔らかなシーツと消毒薬の臭いのするベッドで時間を食べている。
あしたはわたしが、カラフルをはじめて理解できる日。
この目と世界を隔てている布がなくなる。
単語でしかきかない色を知っていく。
あなたの顔もしらないいろ。
思念が大気に満ちている。
頬をかすめたのは老人のもの、指に触れたのは少年のもの。
どれも祈りに等しい思念だと思う。
この身が遠い場所にあるときには様々に分裂した思念だったというのに、今はほぼ二つだ。
来ないで、か。
あるいは来てほしい。
私にはその思念を跳ね除けられない。ただ流れに身を任せるだけだ。
ああ、思念がより増えた。
もうすぐ会える。
願いを寄せたものたちに。
願わくば、ひとことでもあなたがたと意思をかわすことができたら。