たも

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2/27/2024, 12:36:25 PM

テーマ「現実逃避」

ざんばら髪の若い力士に 自分を投影する
見慣れた顔のベテラン達を 涼しい顔で投げとばす
力でチャンスを引き寄せて 今日から三役力士に挑む
お前が俺に合わせろとばかりの 立ちあいのリズム
怖いものなど 今もこれからも何もない


ふと窓を見ると つるっぱげの爺
若さなどない 髪など結えない
何も成し遂げずに 年をとった自分
148円の鍋つゆで作った ちゃんこ鍋を食っている

2/26/2024, 1:06:07 PM

テーマ「君は今」

『矢澤食い』

月に1度、(今日に関しては2ヶ月ぶりだ)サイゼリヤでたらこスパゲティを食べるのが密かな愉しみになっている。

昼は弁当。家庭をもってから、夕食はなるべく家で子どもと一緒に食べるようにしている。本当は一人食没する夕食というのが好きなのだが、付き合いで上司や得意先と飲みに行くことも多くて、その申し訳なさもあって、なかなか一人で外食する日は作れない。
赦された奇跡の今日、たらこスパゲティを食べるのだ。

スパゲティの到着を待つ間、ふとメニュー表を見直す。矢澤の名前がよぎる。15年も経つか。大学時代、同じ学科の矢澤という男は、サイゼリヤに行くといつも、「ミラノ風ドリア」と「ハンバーグステーキ」をどちらも頼んでいた。馬鹿な大学生でも、この注文は馬鹿馬鹿しくわんぱくに見える。そして貧乏な大学生には、バイト富豪の矢澤の注文は贅沢で神々しく見えた。俺達は彼に畏敬の念を込めて、この注文を「矢澤食い」と呼んだ。

社会人になったばかりの頃サイゼリヤに一人で行くと、仕事のストレスに任せてペペロンチーノ、チキン、ドリア、ドリンクバーと思いのままに頼んで食べていた。
ある時はイカスミパスタにはまり、ムール貝にはまり、変わったものを選ぶのが好きになった。
家族ができた。今はたらこスパゲティだけを食べている。一品で充分なのは、時の流れとともに落ち着いた胃袋と、家族への少々の後ろめたさからである。


「矢澤食い」は、思いのままの大量注文よりもずっと綺羅びやかで、格好つけた注文よりもしなやかで、スパゲティの単品注文よりも華やかだ。


彼は今も、矢澤食いをしているのだろうか。
自分の注文が時とともに変わったのだから、彼の注文だって変わってしまったに違いない。

だけど。

どうか君は今も、矢澤食いをしていてはくれないか。

2/25/2024, 1:09:18 PM

テーマ「物憂げな空」

いつからか、嫌いな雲がある。
出来損ないの積乱雲みたいな、中途半端に大きな雲が出てきて、空が汚くなると、胸がギュッと締めつけられる。その雲を過去に見たときに、ちょうど不快なことがあったんだろうか。具体的には思い出せない。子どもの頃は、空をただ眺めるのが好きだったのに、それが今の私にはできない。

私は今、小さな遊園地の、うさぎの着ぐるみの中にいる。
成りゆきで始めた着ぐるみバイトだったが、私にとってはありがたいことがあった。着ぐるみの中からは、空が見えない。お客さんのことは見えるし、ステージの様子は分かる。割と遠くも見えるけど、上の方の視界が狭くて、どんなに嫌な空も見なくて済むのだ。学校とかオフィスみたいな建物の中で過ごすのも向いてない、でも外で空も見たくない、そんな私にはぴったりの仕事。

人の悪口が苦手だ。
遊園地の経営者の間瀬さんは、バイト仲間のユウキくんのことが嫌いらしい。何かトラブルがあるとすぐ彼のせいにする。ユウキくんは前に働いてた愛子ちゃんのことが嫌いだったらしい。愛子ちゃんに小馬鹿にされたことがあったと彼は言っているが、よくわからない。私は特定の人のことが嫌いとかはあんまり無いけれど、私が雲を嫌うように、みんなそれぞれ嫌うものがあるんだろう。



人の嫌悪に触れると、また逃げたくなる。着ぐるみの中に逃げても、私の周りには嫌な人間関係があった。



最近、私が高校生の頃にはあんまりいなかった、「逃げてもいいんだよ」と言う人が増えた。そういう世の中になってきたんだろう。でも、私はまた逃げていいんだろうか。逃げれば逃げるほど、視界が狭くなっていく。使える五感が減っていく。



着ぐるみを外して、少しだけ空を見ようと思い立ったときには、もう日は落ちていた。

2/24/2024, 1:02:03 PM

「………。」
「…サツマさんは、何でサツマって名前なんですか。」
オンラインゲームで知り合った男と会うことになって、回転寿司に来た。でも何か冴えない人だし、会話が弾む気がしない。チャットでやりとりしてた時はあんなにテンションあがってたのに、いざ会うとどうしてこうなるんだろう。私は席で淹れる熱々のお茶が好きなんだけど、この人は席に向かう途中で当たり前のように冷たい水を持っていくタイプ。些細なことが気になる。

「普通に、さつまいもが好きだから、かな」
薩摩出身とかじゃねえのかよ。理由つまんなすぎ。

つまんなくなると、すぐ気がそぞろになる。本当に暇な時にペットボトルとかのラベルの成分表示を見ちゃう、って言う人がいるけど、私は暇じゃなくてもちょっと嫌な気持ちになるとすぐそういう成分表示的なものに逃げたくなる。本題から目を逸らして、意味のないことを考えたくなる。

いくらが割と好きだけど、今日は余計なことを考えてしまう日だ。いくら1粒1粒が卵で、命だって。それを一気に口に入れるって、ヤバいよね。これを私が食べないことによって、この鮭?サーモン?は未来が変わったりするの。でもこの店でもう調理されてるんだから別に変わんない?どっちにしろ何か気持ち悪い。この男が生理的に無理だから、食べるのが気持ち悪くなってるだけ?でも他の寿司は別に食べたいし。なんかエンガワとか、白っぽくて害のなさそうなものでも食べようかな。何の魚かよくわかんないけど。

「…雪菜さんは、なんで雪菜って名前なの?本名?」
本名じゃねえよ。お前はずっとガリでも食ってろよ。

2/24/2024, 12:21:39 AM

『天井』

「クドア」という寄生虫らしい。アニサキスなら知ってるけど、知らないわ。一昨日に釣ったヒラメを刺身にして食べたが、そこにいたらしい。酷い吐き気がして食欲も無いが、自宅で2日も安静にしていれば治るとか。

大したことはない、そう思って布団に入っても寝つけない。熱があるわけではないから、そう寝れるもんでもない。天井を見て思うことなどない。でもそういえば、爺ちゃんが晩年、病室で模様のある天井を見て、「魚が泳いでる!」と看護師を呼び止めていたと聞いたな。

そうか、初めて釣りに行ったのは、爺ちゃんとだったな。朝4時、起きるとは言ったがいざ起こされるとぐずる俺を、叩き起こして海へ向かう。釣ったのはハゼだったか。リールも使わないような気楽な釣りも、良いもんだった。

釣りの話を、小学校の帰りのスピーチでよくしたものだ。大方みんな興味がない釣りの話を、やれこの前はカサゴが釣れた、船に乗せてもらって太刀魚を狙いに行った、だの長々と喋っていた。喜々として喋っていたから、担任も止めるに止められなかったんだろうか。木津が日直の日は帰りが遅れると言われ、特に女子には嫌がられた。

1人だけ、俺のことを好いてくれる女子がいたな。俺が夢中で自分の好きなことの話をするのがかっこいいと。バレンタインの日にチョコをくれたはずだ。いつしかくれなくなったけど。思えばあれが、明確に人に好意を向けられた初めての経験だったか。

吐き気がおさまらない。頭も痛い。天井の次はトイレのドアを見る。

俺の記憶はどこまでが本当か?なんか今思うと美談になっているが、当時こんなに楽しかったか?子どものころは正直釣りなんて行きたくなかった。学校で嫌われている自分が嫌だった。女の子が好意を向けてくれたような気はするが、チョコなんかもらったか?俺の思い込みか?
トイレのドアは、染みだらけの天井よりも愛がない。無機質だ。

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