テーマ「自転車にのって」
島のサイクリングロードを走りながら、目的地を探した。目的地は、クーラーの効いた店であれば何でも構わなかった。レンタサイクルのサドルは、僕が立ち漕ぎしている僅かな隙に熱を蓄えている。
ようやく見つけたのは、小さなアクセサリーショップだった。砂浜に打ち上げられた、マイクロプラスチックで作ったというアクセサリーが売られている。汗がひくまで滞在したかったが、場違いなところに来てしまって落ち着かず、すぐに店を出てしまった。
店のすぐ近くには、海へ向かう石段があった。涼は海にある。段を降りていく僕を、フナムシたちが避けていく。水に触れたとき、一つの目的地を思い出した。
アメフラシに出会うことだ。
小さい頃、図鑑で見たアメフラシ。磯溜まりに現れるという、ウミウシのような生き物だ。大きく膨らんで肥えた、雨雲のような体を持っている。
この島のどこかに、アメフラシは棲んでいないか。
テーマ「ここではないどこか」
職場に黙って転職活動をしている現在が、最も充実している時間のように感じる。この場所に今の自分の心はなくなって、まだ漠然とした次の地に魂は向かっている。
果たして次の地は、今より良い場所なのだろうか。ここには魅力はもう感じないが、僅かな安寧はある。もっとブラックなところに辿りつくリスクも否めない。
黴雨の間の僅かな晴れ間に道路に出てきたミミズが、干からびて死んでいた。このミミズ達は、こうなることがわからずに、のこのことドブから出てくるほど低能なのだろうか。
ミミズが雨上がりに道路に出てくる理由は諸説あるらしいが、最も有力なのは、「呼吸困難」だと言われている。ミミズは水中で生活できるが、激しい雨に乱された水の中では息ができない。息苦しいここ、ではないどこかに救いを求めて、地上に現れるのである。
しかしそこに待っているのはさらなる絶望。より苦手な日差しに、その身を灼かれてしまうという末路をたどることになる。
このミミズの上を跨いで、私は次の場所に向かうことができるだろうか。
テーマ「逃れられない」
『戦力外通告』
やけにガタイの良い男だった。おそらくスポーツ選手だろう。スポーツに疎い僕でも、うっすらとその顔に見覚えがあった。
張りのある体つきだが、その顔には覇気が無い。うちの店に客はその男一人になった。隅の二人掛けのテーブル席で、シメの親子丼を食べている。大将は男のことを気にも留めず、そして僕の顔も見ず言った。
「やるか。」
さながら今の俺は透明人間か。かつては一軍でチームの要として活躍していた俺も、落ちたものだ。
店にまだ俺が残っているのに、店の大将は弟子に大根のかつら剥きの指導を始めた。失礼な…とも思うが、いつの間にか世を忍ぶように過ごすようになった自分に対して、然るべき仕打ちなのだろう。
大将の指導は、実に見事なものだ。弟子の顔など全く見ず、大根に意識を集中し、均一に、美しい厚さで皮を剥く。弟子はどこか落ち着かない表情で、その手先を見つめる。
「できるか。」
おぼつかない手つきで、何とか大将の技術を再現しようとする弟子の姿。見事な手本を示してから、弟子を見守る大将の姿。衰えた俺が感じるのは、二人への憧憬。
弟子の姿に、高校球児の頃の自分を重ねる。炎が消えかけた今の自分には悲しみを感じるが、いつか大将のような指導者になりたいと、一握の希望も見えた気がした。
次の日かかってきた戦力外通告の電話に、俺は「わかりました。」とだけ答えた。
テーマ「雫」
「ごめんなさ〜い、12位は射手座のあなた!思わぬ落とし穴に苦しめられる1日になりそう!ラッキーアイテムは、祈りの雫!」
マジかよ、困ったなー。朝の占いって、良い順位の時はふーんで終わりなのに、最下位になるとどうしてももやもやしてしまう。それでもって、ラッキーアイテムを朝いきなり言われるのが納得いかない。ラッキーアイテムはカツ丼、と言われて夕飯にカツ丼を食べようにも、それではもうほぼ1日が終わってしまっている。前日に言っといてくれないかな。
祈りの雫は、白竜湖で守られているという宝だ。幸い湖を取り囲んでいた結界を解くことができたところだし、白竜湖に向かうには丁度良いタイミングだ。
そして俺たちは白竜湖へ向かい、騎竜と白竜を討伐した。すんなり祈りの雫を手に入れられた、と思った矢先、魔龍が作り出した時空の裂け目に落とされてしまった。
よく当たる占いだ。
テーマ「見つめられると」
『ストーカーのサラダ』
サラダの中から こちらを見つめる者がいる
フリルレタス、紫キャベツ、ラディッシュ、刻んだ玉子。このミモザサラダは、私の肩を正面から思いきり掴んで、あの日に引き戻そうとする。
サラダの中から こちらを見つめる者がいる
ドレッシングの影に隠れた、僅かなバターの匂いが鼻腔に突き刺さる。あの日漂っていた、不気味な空気が思い出され、フォークを持つ手を震駭させる。
あの日食べたサラダに 似すぎている