たも

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テーマ「逃れられない」

『戦力外通告』

やけにガタイの良い男だった。おそらくスポーツ選手だろう。スポーツに疎い僕でも、うっすらとその顔に見覚えがあった。
張りのある体つきだが、その顔には覇気が無い。うちの店に客はその男一人になった。隅の二人掛けのテーブル席で、シメの親子丼を食べている。大将は男のことを気にも留めず、そして僕の顔も見ず言った。
「やるか。」


さながら今の俺は透明人間か。かつては一軍でチームの要として活躍していた俺も、落ちたものだ。
店にまだ俺が残っているのに、店の大将は弟子に大根のかつら剥きの指導を始めた。失礼な…とも思うが、いつの間にか世を忍ぶように過ごすようになった自分に対して、然るべき仕打ちなのだろう。
大将の指導は、実に見事なものだ。弟子の顔など全く見ず、大根に意識を集中し、均一に、美しい厚さで皮を剥く。弟子はどこか落ち着かない表情で、その手先を見つめる。
「できるか。」
おぼつかない手つきで、何とか大将の技術を再現しようとする弟子の姿。見事な手本を示してから、弟子を見守る大将の姿。衰えた俺が感じるのは、二人への憧憬。
弟子の姿に、高校球児の頃の自分を重ねる。炎が消えかけた今の自分には悲しみを感じるが、いつか大将のような指導者になりたいと、一握の希望も見えた気がした。


次の日かかってきた戦力外通告の電話に、俺は「わかりました。」とだけ答えた。

5/23/2024, 11:32:03 AM