たも

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テーマ「物憂げな空」

いつからか、嫌いな雲がある。
出来損ないの積乱雲みたいな、中途半端に大きな雲が出てきて、空が汚くなると、胸がギュッと締めつけられる。その雲を過去に見たときに、ちょうど不快なことがあったんだろうか。具体的には思い出せない。子どもの頃は、空をただ眺めるのが好きだったのに、それが今の私にはできない。

私は今、小さな遊園地の、うさぎの着ぐるみの中にいる。
成りゆきで始めた着ぐるみバイトだったが、私にとってはありがたいことがあった。着ぐるみの中からは、空が見えない。お客さんのことは見えるし、ステージの様子は分かる。割と遠くも見えるけど、上の方の視界が狭くて、どんなに嫌な空も見なくて済むのだ。学校とかオフィスみたいな建物の中で過ごすのも向いてない、でも外で空も見たくない、そんな私にはぴったりの仕事。

人の悪口が苦手だ。
遊園地の経営者の間瀬さんは、バイト仲間のユウキくんのことが嫌いらしい。何かトラブルがあるとすぐ彼のせいにする。ユウキくんは前に働いてた愛子ちゃんのことが嫌いだったらしい。愛子ちゃんに小馬鹿にされたことがあったと彼は言っているが、よくわからない。私は特定の人のことが嫌いとかはあんまり無いけれど、私が雲を嫌うように、みんなそれぞれ嫌うものがあるんだろう。



人の嫌悪に触れると、また逃げたくなる。着ぐるみの中に逃げても、私の周りには嫌な人間関係があった。



最近、私が高校生の頃にはあんまりいなかった、「逃げてもいいんだよ」と言う人が増えた。そういう世の中になってきたんだろう。でも、私はまた逃げていいんだろうか。逃げれば逃げるほど、視界が狭くなっていく。使える五感が減っていく。



着ぐるみを外して、少しだけ空を見ようと思い立ったときには、もう日は落ちていた。

2/25/2024, 1:09:18 PM