たも

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テーマ「君は今」

『矢澤食い』

月に1度、(今日に関しては2ヶ月ぶりだ)サイゼリヤでたらこスパゲティを食べるのが密かな愉しみになっている。

昼は弁当。家庭をもってから、夕食はなるべく家で子どもと一緒に食べるようにしている。本当は一人食没する夕食というのが好きなのだが、付き合いで上司や得意先と飲みに行くことも多くて、その申し訳なさもあって、なかなか一人で外食する日は作れない。
赦された奇跡の今日、たらこスパゲティを食べるのだ。

スパゲティの到着を待つ間、ふとメニュー表を見直す。矢澤の名前がよぎる。15年も経つか。大学時代、同じ学科の矢澤という男は、サイゼリヤに行くといつも、「ミラノ風ドリア」と「ハンバーグステーキ」をどちらも頼んでいた。馬鹿な大学生でも、この注文は馬鹿馬鹿しくわんぱくに見える。そして貧乏な大学生には、バイト富豪の矢澤の注文は贅沢で神々しく見えた。俺達は彼に畏敬の念を込めて、この注文を「矢澤食い」と呼んだ。

社会人になったばかりの頃サイゼリヤに一人で行くと、仕事のストレスに任せてペペロンチーノ、チキン、ドリア、ドリンクバーと思いのままに頼んで食べていた。
ある時はイカスミパスタにはまり、ムール貝にはまり、変わったものを選ぶのが好きになった。
家族ができた。今はたらこスパゲティだけを食べている。一品で充分なのは、時の流れとともに落ち着いた胃袋と、家族への少々の後ろめたさからである。


「矢澤食い」は、思いのままの大量注文よりもずっと綺羅びやかで、格好つけた注文よりもしなやかで、スパゲティの単品注文よりも華やかだ。


彼は今も、矢澤食いをしているのだろうか。
自分の注文が時とともに変わったのだから、彼の注文だって変わってしまったに違いない。

だけど。

どうか君は今も、矢澤食いをしていてはくれないか。

2/26/2024, 1:06:07 PM