物語の始まり方というのは難しく
どういう部分を軸にすべきか分からなくなる
それ以前に物語に必要な
役者をそろえる作業を終える必要がある
主人公がどういう人物なのか
ヒロインとはどういう関係か
取り巻きは?敵は?
民衆はどうする?
その後の展開が先に思いつくのであれば
それに繋がるような始まりを考えねばならない
そうでなければ
人物像を考えねばならない
始まりがなければ終わりもないわけで
音楽も序曲があるから
フィナーレがあるわけだ
物語もそれと同じで
相応しい始まり方をする必要がある
壮大に始まるか静寂から始まるか
そこから広がる話はまあ面白く
ヒロインや仲間たちが死ぬこともあれば
穏やかな日常が続くこともあり
支配と争いが続く世界になることもあり
それらを生み出すことができるのは
一つ一つの生命である
結末は
悲しみか歓びか
知るものは
生み出した者しかわからない
また何処かで物語が始まったようだ
今それは広がり
人々に感動を与えるだろう
最後まで見届けよう
結末は分からぬが
きっと幸せになれるだろう
どこからか私を呼ぶ声が聞こえてきた
どこの誰かはわからぬが
なぜ私の名を知るのか
私はわからない
廃屋の瓦礫に埋められた
タイムカプセルの中から
声は聞こえてくる
幼い私の埋めたあのタイムカプセル
遠くの声は
過去から私を呼ぼうとした私
幼い私が
今の私に声を上げようとしている
だが私は過去の私に断りを入れた
今は今
過去は過去だと
その瞬間声は消えた
遠くの声は
私に何を求めていたのか
消えたはずの遠くの声が
今も尚耳に残り呼びかけ続けている
おだやかなはるかぜがまちをふきぬけるころ
ひとびとはいそがしいときをすごしている
ときにはかんがえられないほど
スケジュールがつまっているにんげんもいるらしい
しんそつのひとはまんいんでんしゃになれず
いきがくるしそうである
がっこうのしんにゅうせいも
あらたなまなびやでのせいかつにふあんをいだき
ひろうこんぱいしているのだろう
が
ぼくはそのはる
こいをした
ひとびとがせまっくるしいおもいをしているさなかに
ぼくはささやかなこいをしてしまったのだ
そのあいてはとてもつやのあるかみをもち
ようしもうつくしく
かぜになびくかみがはえている
まるでどこかのくにのおうひなのかとさっかくするくらい
こうごうしいひとだ
おまけにやさしくて
にんげんのていへんのぼくにも
びょうどうにやさしくしてくれるような…
このこいがみのればぼくは
もうおもいのこすことはない
このはるをあんしんしてすごせる
おだやかにすごせるから
さくらがさいている
はるかぜにのってかべんのあめがふる
そのはるのさなか
ぼくはしずかにこいをした
自分の未来は分からぬが
想像することだけできる
自分が思い描くものを
自分で描いて行くだけで
そんなに厳しいものでない
私は未来が恐ろしい
「オトナ」になるのが恐ろしい
全てを自分で行って
行かねばならぬものだから
だから私は未来図を
描くことすら許されぬ
君がどう生きていくかも
君の自由であるのだ
私のことはほっといて
未来図を描き続けなさい
その部屋は常に前に向かって走っている。ただひたすらに走っているのだった。家具はない。装飾もない。真っ白な壁に、小さな正方形の窓が存在するだけであった。
私はこの240年をこの部屋で過ごしてきたが、何もない筈なのに、不思議と心地よさを感じるようになっていた。気づけば退屈も空腹も、何も感じる事ができなくなっていた。この部屋の中に、私はただ居るだけなのだ。
私は外を忘れていた。ここが何処なのかも覚えていない。私は窓も忘れていた。外を見るために置かれていた窓を。私は部屋を忘れそうになっていた。あまりにも長くいるこの部屋を。動き続けているこの部屋を。試しに、私は窓を覗いてみた。動き続ける風景。変わりゆく風景がそこにはあった。一面に咲き誇る花々。其処で遊ぶバンビ達。聳え立つ山。奥に広がる針葉樹林。長い間は知り続けた部屋は、スピードが衰えることも知らずに、今も動き続けていたのだった。私はまた、部屋が動いていたことを思い出し、窓を思い出し、外を思い出し、退屈や空腹、その他あらゆる感覚を思い出した。風景は私に欲望を与えた。外に出たい。あの風景を、窓越しではなく、私の目と体で感じながら、見てみたいのである。部屋から出なければならない。何としてでも、あの風景を観るために。
こんなにもあらゆるものを思い出したにも関わらず、どうも部屋への侵入方法を忘れてしまっていたようだった。ドアなんてものはここに無い。この部屋は、出ることを前提に造られていないのかもしれない。侵入方法さえ知る事ができたならば、私は今すぐあの景色をみることができたろうに。こんな時に爆弾があれば、こんな退屈なところを吹き飛ばせるだろうに。自力で何かをやるしか無い。壁に突撃をしてみるが、びくともしない。私に力はない。この部屋で放心し、怠惰な生活を続けていたことで、体は衰弱しきっていたのだ。ならば出る方法は何か。ふと、私はこの部屋が動いていたことを思い出した。この部屋が事故を起こせば、壁が壊れて抜け出せるかもしれない。私は走力の源があるであろう床に衝撃を与えた。無鉄砲に地団駄を踏んで、方向を狂わせる。しかし丈夫なもので、部屋は真っすぐ進み続けているらしかった。しかし私は折れない。全力で部屋を駆け回り、時々奇声を上げて部屋を狂わせる。そんなことを何日も何日も繰り返すうちに、いよいよ部屋は直進を保つことを忘れたようで、狂ったように蛇行していった。そしてついに、部屋は転んで、壁や床が崩れ、完全に壊れたのである。私はついに外に出ることができたのだ。
然し其処にあの花や山等の姿はなかった。巨大な建物が聳え立つだけ。人々が行き交う、暗い世界だった。私は絶望感に伏す。こんなにもおどろおどろしく、禍々しい風景があったのかと。部屋の姿はもうなかった。ならば私は歩き続けよう。あの景色を見るために。もう一度行こう。美しい自然を目の当たりにするため。この道程を進んで行こう。そうするしか無いのである。