本気で人を好きになったことが1度だけある。
小学六年生の時だ。
その子はやんちゃな子で、先生によく怒られていたが友達もいてちゃんとやる時はやる子だった。
何がきっかけはか忘れてしまったが、その子が好きになった。
はじめてちゃんとバレンタインにチョコレートをあげた。
あげたと言っても相手の家の玄関に紙袋を手紙付きで置いてきただけだ。
それでも翌日からお互いなんか恥ずかしくて目も合わせられなくなった。
ホワイトデー、何も無く帰りの会が行われていた。
何も無く終わるんだ、と思い皆で席を立ち「先生さよーなら!」の声を発した瞬間に「はい、お返し」とその子から袋を貰った。
ありがとうと言うとその子はすぐ教室を出てしまった。
またそこから卒業式までその子と会話はなかった。
多分もう会えないけれど、その子からホワイトデーに貰ったシャーペンは今も持っている。
もう一つの物語があるとすれば、あの子とまた話がしたい。 シャーペンありがとうって。
寝る前に本を読んでいてページをめくる手が止まらない時ってあるよね。
今もそうだけれど、昔は今以上に本が好きで、漫画でも小説でも手が止まらなかった。
そんな中「もう遅いから寝なさい」と部屋の電気を消されてしまうなんて事がしょっちゅうだった。
でも、どうしても後2ページだけでも読みたい!と布団をかぶりこっそり携帯のライトや懐中電灯を点ける。
あのバレては怒られる、でも読みたい!の心は子供ならではだと思う。
暗がりの中で何かをする、昔はこっそり何かをすることが多かったからドキドキが凄かったな。
愛を伝える言葉って沢山あると思うの。
「愛してる」「好き」「大好き」「大切だよ」
数え切れないほどの愛の伝え方がある。
その中でもこれって特大なのでは? と思う愛の言葉がある。
「行ってきます」「行ってらっしゃい」
「ただいま」「おかえりなさい」
これだと思う。
ただの挨拶とか、家を出る際に言うだけの言葉だと私も思っていた。
でもよく考えてみたら相手を大切に思ってるから言うことでは無いのか? 無事に帰ったのよ! という報告ではないのか? と思った。
子供の頃から礼儀として教えられるが、特大の愛情が言いやすい言葉になっただけだと私は思う。
誰にでも言える愛言葉。
始まりはいつも君からだった。
どこに行こう? 何をしよう? いつも聞いてきてくれる。
カフェに行こうと言えば直ぐに調べて提案してくれる。
遊園地に行ったら地図を開いて色々道順を決めてくれる。
何をするにも君は僕のことを考えてくれている。
だから始まりはいつも君からだったけど、これだけは僕からがいいんだ。
今日のデートはいい所に行くから、オシャレしてきて欲しいな。
小学生の時家が近くて帰り道も一緒だった、いわゆる幼なじみの男の子がいた。
いつも笑顔の絶えない子で、ロードバイクで公園の坂道を爆走している子だった。
男の子の家には大型犬がいて、その子と遊ぶのが大好きだった。
畳と縁側があって、そこでワンコと幼なじみと昼寝するのも好きだった。
中学生になると学校が違かったので会うことはほぼなく、バレンタインの時1度だけ久しぶりに会った。
身長がとても伸びていてゆうに私を越していて、目が悪くなったのかメガネをしていた。
ドキッとしたが好きと言う感情ではなかった。
そしてまた月日が経ったある日、ふと思い出して幼なじみの家に行ってみようと足を運んだ。
幼なじみの家は無くて、ホテルになっていた。
幼なじみは携帯を持っていない子だったから、電話番号もメールも、LINEも知らない。
あの久しぶりに会った日、携帯を持っていたのを見た時に聞けばよかった。
忘れたくても忘れられない、幼なじみとの記憶。