「終点」
旅の終わりは冬晴れの空と凪いだ海が良い。
これはふと、空を見上げて心に浮かんだこと。
寒さにひりつく頬、かそけき波の音。
そろそろと訪れる夜の帳に、まぶたを閉じて
静かなエンドロールとともに旅の終わりを迎える。
ここは、終点、ここは、終点。
「上手くいかなくたっていい」
眠れない夜には、月や星を見る。
うっすら浮かぶ雲を眺める。
夜空がこんなに綺麗なら
たまには眠ることが上手くいかなくたっていい。
そう思うとだんだん眠くなってくる。
おやすみなさい、良い夢を。
創作「最初から決まってた」
「よくここまで生き抜いたね」
太陽の光が届かぬ地下深く。魑魅魍魎を統べる魔の女王は玉座に身を委ね、一人だけ生き残った勇者を見下ろしていた。そして、艶やかな赤の唇を開く。
「貴方は確かに神に選ばれし勇者だよ。だけどね、それでもどうにもならないこともあるの」
魔の女王は手招きするような動きをした。すると、目には見えない斬撃が勇者を襲う。四方八方から受ける不規則な攻撃に困惑する勇者を、魔の女王は鼻で笑った。
「この迷宮に入って来た時点で貴方は終わる。理解するもしないも、貴方のそれは蛮勇だったの」
攻撃をさばききった勇者は魔の女王を見据え再度、剣を構えた。が、すでに勝負はついていた。勇者の胴体を一本の剣が貫いている。
「もう終わりにしよう、貴方もご苦労様。少しは楽しめたわ」
剣が引き抜かれ、勇者は膝から崩れ落ちた。虫の息になった勇者が何か呟く。その言葉に魔の女王は穏やかに笑った。
「答えは単純。結末は最初から決まってた。そして、我の味方が多かった、ただそれだけよ」
狩りの終わりを知らせる鐘の音が鳴った。迷宮のあちこちから集まって来た彼女の配下たちが、今夜はご馳走だと騒ぎながら勇者たちの骸を運んで行く。その様子を眺めながら魔の女王は、次なる獲物への策略を巡らせるのだった。
(終)
「だから、一人でいたい。」
心に嵐が来ようとも一人で文章をまとめる間は
澄んだ瞳でいられる気がする。
だから、一人でいたい。
創作「お祭り」
騒がしい人いきれの中を、父親に手を引かれて泳ぐように進む。わたしの顔に浴衣の帯がかすめ、甚平の体が横を通り過ぎた。
ようやく少し開けた所に出ると、辺りが見渡せた。夜風が心地よい、ほんのり橙色に染まる空気。腹に響く和太鼓の軽快なリズム。屋台からソースの香りを帯びる煙が揺れる。
こじんまりとしたスペースに、これでもかと非日常が詰め込まれていた。遅れて来た母親と合流して屋台を見てまわる。はだか電球に照らされた焼きそば屋、アニメや特撮もののお面が並ぶおもちゃの屋台。込み合う、かき氷屋と射的屋。
どれも魅力的な光景だった。が、ひときわ目をひいたのは、水色の水槽である。両親の手を軽くゆすり、水槽に近づきたいと頼んだ。
透明な水の中を、金魚たちがのびのびと泳いでいた。赤や黒、白と赤のまだら模様のもの。丸い体にひらひらした尾びれ。じっくり眺めた後、店主の手のひらに100円玉をのせた。
ぽいと水が入ったお椀を手に、黒い毬のような一匹に狙いを定め掬う。金魚はでっぷりと丸いお腹を揺らし逃げようと抵抗する。落とさないよう、そっとお椀に泳がせ、次の金魚を狙う。赤い和金を一匹掬い上げてお椀に移したところで、ぽいが破れた。
店主へ破れたぽいとお椀を返し、水と掬った二匹とおまけの一匹が入ったビニールの巾着型の袋を受けとる。ずしりと重みのある金魚袋を大事に右手に下げ、屋台を離れた。
人々のざわめきが静まり、 夜空に一筋の光がひゅーうと昇った。大輪の鮮やかな花火が開く。すぐに炸裂の音が体を貫く。
続けざまに、小さな花火が上がった後、滝のような花火が夜空を覆った。その迫力と幻想にわたしはしばらく見入っていた。
ふと、金魚の存在を思い出し右手をあげる。夜の闇に金色の鱗を煌めかせ、三匹の金魚は泳いでいた。水中からも、あの花火は見えているのだろうか。わたしは、ひんやりとした金魚袋の底をそっとつかみ、金魚と共に花火を見た。
そうして我が家に迎えられた金魚たちは、十年近く生き、天寿を全うした。
(終)