創作「お祭り」
騒がしい人いきれの中を、父親に手を引かれて泳ぐように進む。わたしの顔に浴衣の帯がかすめ、甚平の体が横を通り過ぎた。
ようやく少し開けた所に出ると、辺りが見渡せた。夜風が心地よい、ほんのり橙色に染まる空気。腹に響く和太鼓の軽快なリズム。屋台からソースの香りを帯びる煙が揺れる。
こじんまりとしたスペースに、これでもかと非日常が詰め込まれていた。遅れて来た母親と合流して屋台を見てまわる。はだか電球に照らされた焼きそば屋、アニメや特撮もののお面が並ぶおもちゃの屋台。込み合う、かき氷屋と射的屋。
どれも魅力的な光景だった。が、ひときわ目をひいたのは、水色の水槽である。両親の手を軽くゆすり、水槽に近づきたいと頼んだ。
透明な水の中を、金魚たちがのびのびと泳いでいた。赤や黒、白と赤のまだら模様のもの。丸い体にひらひらした尾びれ。じっくり眺めた後、店主の手のひらに100円玉をのせた。
ぽいと水が入ったお椀を手に、黒い毬のような一匹に狙いを定め掬う。金魚はでっぷりと丸いお腹を揺らし逃げようと抵抗する。落とさないよう、そっとお椀に泳がせ、次の金魚を狙う。赤い和金を一匹掬い上げてお椀に移したところで、ぽいが破れた。
店主へ破れたぽいとお椀を返し、水と掬った二匹とおまけの一匹が入ったビニールの巾着型の袋を受けとる。ずしりと重みのある金魚袋を大事に右手に下げ、屋台を離れた。
人々のざわめきが静まり、 夜空に一筋の光がひゅーうと昇った。大輪の鮮やかな花火が開く。すぐに炸裂の音が体を貫く。
続けざまに、小さな花火が上がった後、滝のような花火が夜空を覆った。その迫力と幻想にわたしはしばらく見入っていた。
ふと、金魚の存在を思い出し右手をあげる。夜の闇に金色の鱗を煌めかせ、三匹の金魚は泳いでいた。水中からも、あの花火は見えているのだろうか。わたしは、ひんやりとした金魚袋の底をそっとつかみ、金魚と共に花火を見た。
そうして我が家に迎えられた金魚たちは、十年近く生き、天寿を全うした。
(終)
7/29/2024, 9:51:11 AM