創作「風に身をまかせ」
もう、抗うことはない。もう、隠すことはない。
ここにはワタシを嗤う人はもういない。
いないはず……いないはず。
「はぁ? 甘い味がしたって、ワタシの詩の詰めが甘いってこと? 」
「そういうことじゃなくってね、その……」
わたしには文章に味を感じる不思議な感覚がある。実際に食べているわけではないが何かしらの味を感じるのだ。しかも、感覚はコントロールできない。
時には複数の味が混ざることもあるけど、この人の詩は純粋な甘味を感じた。内容はシリアスな詩だったのに。これは、言えば言う程さらに墓穴を掘ってしまいそうだ。
「……ちゃんとしたこと言えなくてごめんね」
「良いよ、あんたにはもう見せないから」
つんと視線を外して、彼女は行ってしまった。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
放課後、 公園で一人落ち込んでいると友人がやって来た。友人である彼女はわたしが感覚のことを明かした唯一の相手だ。
「あの人、すごい気難しいから。誰が何言ってもあんな感じだよ」
「そうなんだ、わたし、嫌われたかと思った」
友人はいちごオレのストローから口を離し、わたしをまじまじと見る。
「そうだねぇ、まぁ、うかつに文章への感想とか言えないのはつらいよね?」
「うん……いちいち説明する訳にもいかないし、比喩だって誤魔化すのも何度も使えないから」
わたしは小さくため息をつく。空気を明るくするように、友人はよいしょと声を出して立ち上がって伸びをする。
「ま、風に身をまかせてれば良いんじゃない。悩んでたって成るようにしかならないしさ」
風に身をまかせて、か。友人の言葉は淀んだ胸の中を爽やかに吹き抜け、わたしを元気づけてくれたのだった。
(終)
創作 「失われた時間」
たとえ駄文だろうが書くことが大事だと知ったのはつい最近の出来事である。俺は何の前触れも無く作文スランプに陥り、一文字も書けない日が続いた。
書かねば、書かねばと思うほど書くものを目の前にした時に手が止まる。だけど、書きたい衝動はある。謎の焦りと義務感だけが募り、何も書けないまま時が失われて行く。
ふと、 原稿用紙に張られたふせん紙が目に止まった。彼女からの添削メモである。読みやすい形の字を見つめていると、ある時彼女が言ったことを思い出した。
「書きたいのに書けないなら、意味を全く考えずに思いついた単語を紙に書き出すと良いよ。で、疲れたらしっかり休む、焦りは禁物だからね」
その言葉を思い出してから早速、手近にあったノートに思いつく単語を書き出した。あれから数日が経ち、下手ではあるが纏まった量の文章が書けるようになってきた。
書くことが失われた時間を通して俺は、言葉を綴る喜びを少しずつ取り戻すのだった。
(終)
「子供のままで」
無邪気なままでいたかった。
でも、大人になって面白さや大切さに気づいたこともあった。
子供の頃に読んだ本とか、勉強とか遊びとか。
しっかりしておけばと後悔しても仕方ないから
今は自分にできることをするだけだ。
創作 「愛を叫ぶ。」
俺は原稿用紙を前に頭を抱えていた。国語の課題として出たのは俺が苦手とする小論文である。しかもテーマは「公共の場での愛情表現の是非」ときた。
捉え方によっては小説になりそうなテーマだが、これは小論文。情景描写も比喩も台詞も使えない。倒置法や体現止めといった技法も封じられる。
正しく自分の意見を主張するための文章である小論文は俺が持ちうる執筆スキルをことごとく奪っていく。俺はほぼ丸腰で原稿用紙と向き合っていた。
「ああ、小説書きてぇ……」
恋慕にも似た衝動を抑え、なんとか目標の800字を書き終える。時計を見ると書き始めてから数時間が経っていた。やっぱり俺には小説が合っている。俺は心の中で小説への愛を叫ぶ。
(終)
「モンシロチョウ」
片仮名でこの蝶を書くと、理科の授業を思い出します。キャベツの葉をもりもり食べている、細くて若葉色で青臭いモンシロチョウの幼虫。触れると潰れてしまいそうな華奢な見た目でありながら、しっかりと存在感がある手触りを今でも覚えています。
幼虫が蛹になり、じっと眠りにつく姿は幼い私には退屈な時間でした。ですが、必死に葉を食んでいたあの若葉色のうねうねした生き物が、無事に白く可憐な蝶に変わる日を願わずにはいられませんでした。
羽化したての蝶がキャベツの葉に掴まって、翅を乾かしていた時は、別の蝶が外から入ってきたのかと勘違いしたものです。ですか、確かに育てていた蝶であると気づいた後は、嬉しさと寂しさとが静かに胸に広がりました。
飼育ケースから外へ放った日、紋白蝶はしばらくその場をくるくると飛び回った後、やがてみえなくなりました。きっと、どこかの野原へ元気に羽ばたいて行ったのでしょう。
(終)