創作 「楽園」
緻密な装飾がされた両手サイズの箱をそっと持ち上げる。蓋を開ければやさしい音楽が溢れる。
このオルゴールの名前は「楽園」と言う。植物のレリーフで彩られた小箱から奏でられる音楽で心身を癒されるようにと願いが込められた品である。
俺は机にオルゴールを置き、ベッドに潜った。熱っぽく痛む頭にも、オルゴールの音色は心地よく染み入る。お大事に。十分にお眠り。そう言ってくれているようだ。だんだんと眠気が訪れ俺は目を閉じた。
(終)
創作 「風に乗って」
ストローの放射状に開いた先からふくふくとシャボン玉が膨らむ。割れないようにストローから切り離すと音もなく空中を漂い、ふっと消えた。
今度は細かい泡をたくさん作る。虹色の軽やかな宝石たちはくるくると風に舞い、ゆっくりと地面に降りて姿を消した。
やがて、夕焼けが辺りを染める。遊んでいた子どもは家路をたどって駆けて行く。いくつものシャボン玉がまだ、ふよふよ、ふわふわ風に乗って遊び、遠くの空へと帰って行った。
(終)
創作 「刹那」
俺と彼女。 睨み合う二人の視線の間に火花が散る。机の上にはヘルメットとピコピコハンマーが並べて置いてある。その隣の机には三種類の賞品が鎮座していた。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
勝ったのは彼女。俺は瞬時にヘルメットに手を伸ばした。だが、被るよりも速くピコピコハンマーが俺の頭に当たる。
「あ」
「やったぁ、あたしの勝ちー」
彼女は弾む声で、戦利品である青いうさぎのぬいぐるみを抱き上げた。彼女があまりにうれしそうにはしゃぐから負けた俺まで笑顔になる。
「向こうにかわいい雑貨屋があるの。行こう!」
そう元気よく言い彼女は腕を引っ張ってぐんぐん歩いて行く。とある商店街のイベントでの話であった。
(終)
「生きる意味」
生きる意味とは、生きる価値とは。
そんなこと考えてたら生きる意味を見つける前に心を病んでしまうよ。
自分が追い求めるのは「生きる意味」というよりかは、「生活の質」かな。
呼吸して、ごはん食べて、歯磨きして、お風呂入って、睡眠して、排泄して……。
ざっくり言うと産まれてから死ぬまで身体は否応なしにそうやって動いてる。
そこに仕事、勉強、恋愛、趣味みたいな人間の社会生活が乗っかってくる。
で、病気、事故、災害をいかに乗り越えるか。
映画に例えるなら死亡フラグをどうへし折るか。
ようは、生きる意味はよく分からないってこと。
だから「生活の質」。今ある生活を改善したり、磨いたりする方がはるかに有意義な人生になりそう。
まぁ、自分のペースで生きていけるならそれに越したことはないね。
何はともあれ、この世に産まれてしまったからには死ぬまで生きるんだよって誰かが言ってたし、生きる意味とはそういうものなんだろうな。
(終)
創作 「善悪」
善玉菌、悪玉菌、日和見菌。腸内細菌の数のバランスでお腹の調子が変わってくる。腸内環境を整えるには、食物繊維が多い食材を一定量食べ、適度な運動と睡眠をすること。知識はある。気をつけたいとも思う。だけど、どうにもならないことがある。
おいしいものはついつい食べすぎてしまうんだよ!
お菓子がおいしすぎるのは罪だろう!
夏のソーダアイスが悪魔的すぎるんだよー!
「えぇ、何これ……秘密ノート?」
俺は廊下に落ちていた無記名の「秘密ノート」を眺め首をひねった。この筆跡はどこかで見たことがある。そして、持ち主はお菓子が好きな誰か。俺の脳内に徐々にその人物像が浮かび上がる。
調理室に向かい、目的の人物を呼んでもらった。
「これきみのノート?」
小柄な彼女は恥ずかしそうに真っ赤になりながらノートを受け取り、脱兎のごとく元の場所に戻っていった。
「なんか、おせっかいだったかなぁ」
後日、俺はノートの持ち主に廊下で呼び止められた。拾った場所や経緯を話すと、ノートの持ち主はようやく安心したようだった。
「この前はごめんね。まさか、男子に見られるとは思ってなかったから、恥ずかしくて」
「俺こそもう少し渡し方考えてればよかったな」
「ううん、大丈夫。すぐに見つかって安心したよ。じゃあ、また明日」
「うん、じゃあね」
スムーズに解決してよかったと俺はほっと息をつく。そして小柄な彼女の「秘密ノート」についてそっと記憶の奥深くにしまいこむのだった。
(終)