谷折ジュゴン

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3/29/2024, 11:03:30 AM

創作 「ハッピーエンド」

彼女は原稿用紙を机に投げ出し、露骨に不機嫌な顔をした。

「なにこれ、面白くないんだけど」

俺の自信作である小説を、彼女は一読しただけでそう吐き捨てた。

「これ、結構前から温めてたネタなんだが……」

「テーマは問題無い。でも、見せ方がまずい。ずっと幸せそうな場面が続いた後のハッピーエンドは、印象が薄くなる。面白くない」

「じゃあ、バッドエンドにしろと言うことか?」

「それもありだけど、きみはハッピーエンドが書きたいんだよねぇ?」

俺は強くうなずいた。すると彼女は、ニヤリと口角を吊り上げる。

「ハッピーエンドを書きたくば主人公に危機を与えなさい。それも、自分なら絶対に乗り越えられない程のね!」

そうして、彼女は得意気に滔々と語る。

「こうすれば、主人公も成長するし、ハッピーエンドのインパクトも残せるんだ。物語を作りたいなら、読者の情緒を引っ掻き回すぐらいの気持ちで書かなきゃね!」

彼女の熱い助言に、俺は胸をうたれた。そして、今の彼女には後光がさしているようにすら見える。

「ありがとう、確かにそうだ。よーし、俺、もう一度書いてくる」

俺は物語づくりの醍醐味を噛みしめて、新たな原稿用紙に、猛烈な勢いでペンを走らせるのだった。
(終)

3/28/2024, 10:59:10 AM

創作 「見つめられると」

わたくしの存在意義とはいったい何なのでしょう。
唐突に湧いた疑問は、わたくしを不安の中に突き落としたのです。
彼は毎日わたくしの発達を記録していますが、彼はわたくしをどのような思いで見つめているのでしょうか。

「やぁ、『うで』。今日は書けそうかい?」

「マスター、わたくしは実験なんて大キライです」

「そうかい。それは困った。明日は記録を王室に提出しなきゃならないのに」

彼は切なげにわたくしを見つめます。そのちょっと困ったような表情が、わたくしのいたずら心をくすぐりました。

「ところでマスター、顔にインクがついていますよ」

わたくしは右の手袋を外し、彼の頬に触れました。彼のぬくもり、柔らかさ、匂い、味が指先から感覚中枢へと流れ込んで来ます。わたくしはえもいわれぬ喜びに酔いしれて、さっきまでの不安をすっかり忘れていました。
すべすべした彼の肌にゆっくりと手のひらを這わせ、親指で彼の唇を撫でます。もし、わたくしに体があれば、彼を全力で抱きしめていたことでしょう。

「キミはボクに、どうして欲しいのかい?」

「どうもしなくても、こうして触れていられれば、見つめられていれば、わたくしはもう充分なのです」

彼がいる。それだけが、わたくしの存在意義だと気づいたあとは、彼の研究に反抗するなんてことはしません。わたくしにとってのマスターのように、マスターにとっては研究が存在意義なのですから。
(終)

3/27/2024, 11:49:05 AM

創作 「My Heart」
谷折ジュゴン

執筆する音が部屋を満たす。ラボ経由で届いていた彼の手紙が、ボクの家へ直接届くようになってから3ヶ月間、ボクはかかさず彼へ返信をするほどに筆まめになっていた。
「前に『ロボットなんかに』と言ってしまったせいで、『うで』が拗ねてしまったのは失敗だった。『うで』は、いつもはできることをできないふりをして、データがうまく録れない日が続いたから、肝が冷えたよ。」
そこまで書いて、一度ペンをおく。ふと、思ったことを口に出す。
「なぁ、キミは最近どんなことを考えているんだい」

「最近は、なぜマスターが研究以外の文書を書いているのだろうと不思議に思っています」

と書かれた紙が机の隅に置かれた。その文の下に、

「そして、なぜマスターはわたくしに手紙を書かせないのでしょうか」

と付け加えられる。

「ボクは心をありのまま、彼へ伝えたいのだよ」

「それは、どういう意味ですか」

「ボクの筆跡で、ボクの言葉選びで、書いた手紙を彼は待っているという意味だ」

「うで」が机に置いた紙を引っ込め、少ししてからまた置いた。

「わかりません。わたくしはあなたの筆跡を真似て書くことだって、あなたの言葉選びを真似ることだってできますよ?」

「それはそうだね。だが、ボクは彼と約束した。絶対にオリジナルなボクの手紙を書くと。だから、ボクはキミにこれを書けとは言わない」

「うで」は所在なげに、ふらふらと動いた後、

「わたくしは、信用されていないのでしょうか?」

と書いてきた。

「ボクはキミを信用している。それ以上に信頼もしているのだ。キミを1個体としてね。だから、ボク個人とキミ自身との線引きはしっかりしておきたいのだよ」

「……わたくし、なんだか安心いたしました。では、失礼いたします」

「うで」は嬉しそうに、元の場所へ移動する。感情表現が豊かになりつつある「うで」のことも、彼へ伝えよう。ボクは、再びペンを持った。
(終)

3/26/2024, 11:03:14 AM

「ないものねだり」

青年は考える

あの人は努力できる人

あの人は天才な人

あの人は狡猾な人

あの人は愛嬌のある人

あの人は怠惰な人


じゃあ、自分はどんな人?

3/25/2024, 11:53:27 AM

「好きじゃないのに」

そこにあったから。

するべきことだから。

なんとなく。理由はない。

好きじゃないのに続けるって、

そこまで嫌いじゃないってことなのだろうか。

あるいは無関心ってことだろうか。

言葉は難しい。

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