創作 「ハッピーエンド」
彼女は原稿用紙を机に投げ出し、露骨に不機嫌な顔をした。
「なにこれ、面白くないんだけど」
俺の自信作である小説を、彼女は一読しただけでそう吐き捨てた。
「これ、結構前から温めてたネタなんだが……」
「テーマは問題無い。でも、見せ方がまずい。ずっと幸せそうな場面が続いた後のハッピーエンドは、印象が薄くなる。面白くない」
「じゃあ、バッドエンドにしろと言うことか?」
「それもありだけど、きみはハッピーエンドが書きたいんだよねぇ?」
俺は強くうなずいた。すると彼女は、ニヤリと口角を吊り上げる。
「ハッピーエンドを書きたくば主人公に危機を与えなさい。それも、自分なら絶対に乗り越えられない程のね!」
そうして、彼女は得意気に滔々と語る。
「こうすれば、主人公も成長するし、ハッピーエンドのインパクトも残せるんだ。物語を作りたいなら、読者の情緒を引っ掻き回すぐらいの気持ちで書かなきゃね!」
彼女の熱い助言に、俺は胸をうたれた。そして、今の彼女には後光がさしているようにすら見える。
「ありがとう、確かにそうだ。よーし、俺、もう一度書いてくる」
俺は物語づくりの醍醐味を噛みしめて、新たな原稿用紙に、猛烈な勢いでペンを走らせるのだった。
(終)
創作 「見つめられると」
わたくしの存在意義とはいったい何なのでしょう。
唐突に湧いた疑問は、わたくしを不安の中に突き落としたのです。
彼は毎日わたくしの発達を記録していますが、彼はわたくしをどのような思いで見つめているのでしょうか。
「やぁ、『うで』。今日は書けそうかい?」
「マスター、わたくしは実験なんて大キライです」
「そうかい。それは困った。明日は記録を王室に提出しなきゃならないのに」
彼は切なげにわたくしを見つめます。そのちょっと困ったような表情が、わたくしのいたずら心をくすぐりました。
「ところでマスター、顔にインクがついていますよ」
わたくしは右の手袋を外し、彼の頬に触れました。彼のぬくもり、柔らかさ、匂い、味が指先から感覚中枢へと流れ込んで来ます。わたくしはえもいわれぬ喜びに酔いしれて、さっきまでの不安をすっかり忘れていました。
すべすべした彼の肌にゆっくりと手のひらを這わせ、親指で彼の唇を撫でます。もし、わたくしに体があれば、彼を全力で抱きしめていたことでしょう。
「キミはボクに、どうして欲しいのかい?」
「どうもしなくても、こうして触れていられれば、見つめられていれば、わたくしはもう充分なのです」
彼がいる。それだけが、わたくしの存在意義だと気づいたあとは、彼の研究に反抗するなんてことはしません。わたくしにとってのマスターのように、マスターにとっては研究が存在意義なのですから。
(終)
創作 「My Heart」
谷折ジュゴン
執筆する音が部屋を満たす。ラボ経由で届いていた彼の手紙が、ボクの家へ直接届くようになってから3ヶ月間、ボクはかかさず彼へ返信をするほどに筆まめになっていた。
「前に『ロボットなんかに』と言ってしまったせいで、『うで』が拗ねてしまったのは失敗だった。『うで』は、いつもはできることをできないふりをして、データがうまく録れない日が続いたから、肝が冷えたよ。」
そこまで書いて、一度ペンをおく。ふと、思ったことを口に出す。
「なぁ、キミは最近どんなことを考えているんだい」
「最近は、なぜマスターが研究以外の文書を書いているのだろうと不思議に思っています」
と書かれた紙が机の隅に置かれた。その文の下に、
「そして、なぜマスターはわたくしに手紙を書かせないのでしょうか」
と付け加えられる。
「ボクは心をありのまま、彼へ伝えたいのだよ」
「それは、どういう意味ですか」
「ボクの筆跡で、ボクの言葉選びで、書いた手紙を彼は待っているという意味だ」
「うで」が机に置いた紙を引っ込め、少ししてからまた置いた。
「わかりません。わたくしはあなたの筆跡を真似て書くことだって、あなたの言葉選びを真似ることだってできますよ?」
「それはそうだね。だが、ボクは彼と約束した。絶対にオリジナルなボクの手紙を書くと。だから、ボクはキミにこれを書けとは言わない」
「うで」は所在なげに、ふらふらと動いた後、
「わたくしは、信用されていないのでしょうか?」
と書いてきた。
「ボクはキミを信用している。それ以上に信頼もしているのだ。キミを1個体としてね。だから、ボク個人とキミ自身との線引きはしっかりしておきたいのだよ」
「……わたくし、なんだか安心いたしました。では、失礼いたします」
「うで」は嬉しそうに、元の場所へ移動する。感情表現が豊かになりつつある「うで」のことも、彼へ伝えよう。ボクは、再びペンを持った。
(終)
「ないものねだり」
青年は考える
あの人は努力できる人
あの人は天才な人
あの人は狡猾な人
あの人は愛嬌のある人
あの人は怠惰な人
じゃあ、自分はどんな人?
「好きじゃないのに」
そこにあったから。
するべきことだから。
なんとなく。理由はない。
好きじゃないのに続けるって、
そこまで嫌いじゃないってことなのだろうか。
あるいは無関心ってことだろうか。
言葉は難しい。