「まさに春爛漫だな
見事に咲き誇ってるぜ」
この状況でよくそんな花見気分な発言ができるものだな
俺はここでシートを広げて団子を食う気にはならんぞ
「俺もそんなことをしようとは思ってねえよ
でも壮観だろ?
これだけの花が俺達を歓迎してくれてるんだ」
馬鹿言え
そういうお気楽思考なやつはな、パニックになりやすいやつの次に死にやすいんだ
油断するからな
「いや、俺だってほどよく緊張はしてるつもりだよ
ただ、重い気分で仕事をしても、それはそれで失敗しやすくなるんじゃないか?
俺は空気をよくするために軽口を叩いてるんだ」
たしかにな
お前の言ってることもある意味正しいか
しかし、この光景を春爛漫なんて綺麗な言葉で表現するとは、俺にはない感性だ
「褒めてるのか貶してるのかわかんねえな」
どっちでもないさ
思ったことを言っただけだ
では、任務に取り掛かろうか
「あんまり待たせちゃ悪いしな」
どうして定期的に突然生えてくるのかわからんが、とにかくこの人食い花どもをさっさと殲滅しよう
「もう生えないように根本解決できるといいんだけどな
花だけに」
そこは研究者の方々に期待するしかないな
俺達は俺達のできることを、だ
私は七色という名前なのだけど、両親が虫嫌いで、虹という漢字を使いたくなくて、それでも二人が好きな虹を意味する言葉を名前にするため、この名前にしたらしい
両親は頑張って考えたのだろう
その努力はすごいと思う
だけど、私はこの名前があまり好きではない
語感や漢字の形のせい、というわけじゃなく、そもそも虹という現象が気に食わない
私はひねくれているので、雨という憂鬱な天気のあとに、耐えたご褒美と言わんばかりに出てくる虹に、辛いことを乗り越えた先にいいことがあるから頑張るべきだ、というような説教臭さを感じてしまうのだ
自分で心底悪意のある見方をしていると思う
この点だけ切り取ると、かなり性格が悪い思考回路だ
両親は虹好きの虫嫌い
でも私は、虹より虫のほうが好感を持てる
果たせない可能性が高くても、とても小さい体で、自分の存在を子供に繋ごうと必死になって生き、生存競争の中で一生ひたすら戦い続ける虫たちは、とてもすごいと思う
ある日、私の友人がきれいな名前だと言ってきた
私は自分の名前が嫌いであることと、その理由を話した
友人はけっこうな声量で笑ってきたけど、そんなに面白いとは思えない
性格悪すぎとも言われた
まあ、それは自覚してる
一通り笑った後、友人はでもさ、と自分の考えを語りだす
曰く、逆だと
虹を作るために雨を降らしているのだという
人に虹を見せるため、雨を降らしているけど、成功率は高くない
それでも、きれいなものを見せたい一心で、頑張って雨という制作過程を経ているのだと
私はその考えに乗ることにした
即座に手のひらを返す
本音を言えば、自分の名前が好きじゃない自分自身を残念に思っていた
そんな中で、友人が虹に違う解釈を提示してくれたのだ
その解釈に賛同しよう
私自身、その解釈がしっくり来たというのもあるし
いや、むしろそれが一番大きい理由だ
なんだか友人のおかげで、自分の七色という名前を好きになれそうな気がした
私には自分の記憶が無い
記憶を失ったわけではない
そもそも、過去がない
いや、もしかしたら死んだ誰かが転生でもしたのかも知れないが、前世の記憶が失われたことを、過去の記憶を失くしたとは言わないだろう
私は、生きるのに必要な知識と、別人の記憶とともに、造られた肉体に魂を宿された
そういう存在
私を生み出した……違うか
造り上げたのは、娘を亡くした魔道士だった
私の姿は、その娘と全く同じ
蘇らせることができないと悟った彼は、私を娘の代わりとして誕生させた
けど、私の頭に入る記憶の中の彼女は、私とは全く違う性格だ
どうやら彼女はとても明るく、ハキハキした性格の人だったようで、私とは正反対
しゃべり方だって違う
私はどちらかというと、物静かなほうなのではないかと思う
彼はそれで満足できるのか
同じ姿をして、彼女の記憶が入っているとはいえ、私は別人
娘代わりになれるとは思えない
私が自分の性格を無視して、彼女のような態度で生活できる自信もない
私と魔道士……父との生活が始まった
父は私によくしてくれたし、私も私なりに娘として接した
別に頑張ったわけではなく、自然にそういうふうに接することができている
でも、父はどこか寂しそうだ
私のことを大切に思っているのは伝わってくる
ただ、だからといって傷が癒えるわけではないのだろう
私の中の、彼女の記憶の父はとても楽しそうで、私はいつしか、その頃の父を取り戻してあげたくなっていた
色々な魔道書を読み込んで、なにかいい方法はないかと探し続けた
そして、私がたどり着いた方法は……
私の自我を、記憶の中の彼女と同一化させることだった
私の性格と記憶を、彼女の性格と記憶で上書きするのだ
蘇らせられないのなら、私自身が彼女になればいい
見た目は同じなのだから、私は彼女になれるはず
今までの記憶は消えてしまうけど
この性格だって、変わってしまうけど
私は、私が会ったことのない父の姿を取り戻したかった
魔法陣を描いて、魔法発動の準備をする
緊張する
死ぬわけではないけど、自分が別のものに変わるのは怖い
けど、決心はついていた
魔法を発動する
……発動しなかった
私のしようとしていたことに気がついた父が、部屋に来て魔法陣を破壊たのだ
悲しそうな、でもホッとした顔の父を見て理解した
今の私が失われたら、父はまた悲しむことになる
こんなことをする必要はなかった
父にとって、私は彼女と同じくらい大切なのだ
私はただ、私でいればよかった
代わりになる必要はないんだ
二度と、こんなことはしないと父に約束した
父は心底安心した表情をして、私を抱きしめる
私は、私として、私自身の記憶を大切にして生きていこう
そう、誓った
私は彼女の代わりではなく、私にとっても、父にとっても、この世で唯一の私なのだから
アニメやゲームのグッズというもの、ひとたび買い逃がせばもう二度と手に入らない、という場合も多い
仮に売られていたとしても、プレミア価格の中古で、高額な可能性がある
なので、本当に欲しいものは後悔のないよう、購入してしまうのが理想的だ
だが世の中というのはそうそう簡単ではなく、喉から手が出るほど欲しくても、逃せばもう二度と手に入らないとしても、懐事情から諦めざるを得ないことなど当たり前にある
一期一会のグッズを買うかどうかの取捨選択は、非常に悩ましい問題だ
欲しい気持ちがいくら強くても、生活あっての趣味
買うために諦められる何かがあるならいいが、犠牲にしてはいけないものまで犠牲にして買うのでは意味がない
一方で優先順位を誤って、買えたはずのものに対し、買わないという判断を下せばいつまでも悔いが残る
なので買う判断も、買わない判断も、慎重に、よく考えて下さなければならない
それは本当に優先すべきものか?
それは本当に諦めていいものか?
もう二度と手に入らないかもしれないそれに、我々は迷わされ、悩まされ、しかしその先に楽しさや満足感を見出すのだ
空は曇りだ
そのせいで昼間だというのに暗い
僕の気分は落ち込んでいるというのに、空まで曇ることはないじゃないか
余計に心が重くなる
もう、いっそのこと雨でも降ってくれないか
そうすれば、僕は傘もささずに雨に打たれ、気持ちのいい冷たさの中で心を洗うのに
だけど、空は曇りのままで、雨は降りそうで降らない
周りを行き交う人達は、雨が降るのか気になっている様子だ
きっと降らないでくれと思っていることだろう
気持ちはわかる
僕だって、何でもない日なら同じことを思うだろう
傘をさして、濡れないように気をつけながら歩くのは面倒だ
ただ、今の僕は心から雨が降ってほしいと願っている
周りの人達には悪いけど
雨よ降れと、心の中で雨乞いをする
雨の中に自分をさらせば、後ろ向きな感情も流されて、前向きな気持ちが芽吹くんじゃないかと思う
それは、泣いてすっきりするのと同じようなことかもしれない
だから空よ、泣かない僕の代わりに、涙を流してくれ
それで僕も、自分が泣いたあとみたいに、雨の中で心は晴れ渡るだろうから