ストック1

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私には自分の記憶が無い
記憶を失ったわけではない
そもそも、過去がない
いや、もしかしたら死んだ誰かが転生でもしたのかも知れないが、前世の記憶が失われたことを、過去の記憶を失くしたとは言わないだろう
私は、生きるのに必要な知識と、別人の記憶とともに、造られた肉体に魂を宿された
そういう存在
私を生み出した……違うか
造り上げたのは、娘を亡くした魔道士だった
私の姿は、その娘と全く同じ
蘇らせることができないと悟った彼は、私を娘の代わりとして誕生させた
けど、私の頭に入る記憶の中の彼女は、私とは全く違う性格だ
どうやら彼女はとても明るく、ハキハキした性格の人だったようで、私とは正反対
しゃべり方だって違う
私はどちらかというと、物静かなほうなのではないかと思う
彼はそれで満足できるのか
同じ姿をして、彼女の記憶が入っているとはいえ、私は別人
娘代わりになれるとは思えない
私が自分の性格を無視して、彼女のような態度で生活できる自信もない

私と魔道士……父との生活が始まった
父は私によくしてくれたし、私も私なりに娘として接した
別に頑張ったわけではなく、自然にそういうふうに接することができている
でも、父はどこか寂しそうだ
私のことを大切に思っているのは伝わってくる
ただ、だからといって傷が癒えるわけではないのだろう
私の中の、彼女の記憶の父はとても楽しそうで、私はいつしか、その頃の父を取り戻してあげたくなっていた
色々な魔道書を読み込んで、なにかいい方法はないかと探し続けた
そして、私がたどり着いた方法は……
私の自我を、記憶の中の彼女と同一化させることだった
私の性格と記憶を、彼女の性格と記憶で上書きするのだ
蘇らせられないのなら、私自身が彼女になればいい
見た目は同じなのだから、私は彼女になれるはず
今までの記憶は消えてしまうけど
この性格だって、変わってしまうけど
私は、私が会ったことのない父の姿を取り戻したかった
魔法陣を描いて、魔法発動の準備をする
緊張する
死ぬわけではないけど、自分が別のものに変わるのは怖い
けど、決心はついていた
魔法を発動する


……発動しなかった
私のしようとしていたことに気がついた父が、部屋に来て魔法陣を破壊たのだ
悲しそうな、でもホッとした顔の父を見て理解した
今の私が失われたら、父はまた悲しむことになる
こんなことをする必要はなかった
父にとって、私は彼女と同じくらい大切なのだ
私はただ、私でいればよかった
代わりになる必要はないんだ
二度と、こんなことはしないと父に約束した
父は心底安心した表情をして、私を抱きしめる
私は、私として、私自身の記憶を大切にして生きていこう
そう、誓った
私は彼女の代わりではなく、私にとっても、父にとっても、この世で唯一の私なのだから

3/25/2025, 11:50:40 AM