ととう

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1/10/2024, 11:57:27 PM

『成人おめでとう』
水色の背景に、白い吹き出し。
先ほど、軽快な音を発した電子の板を握りしめながら、僕は寝起きの腹ばいのまま、呆然と画面を凝視した。
久しぶりの連絡。
この名前。後ろ姿が可愛らしいアイコン。忘れもしない、先輩からだ。
ずっと好きだった。
でも、言えなかった。
卒業してからは、先輩も忙しいだろうと連絡を控えていたのだが、当然、先輩から連絡が来ることはなかった。
今になって思えば、なぜ連絡しなかったのだろうという後悔だけが募っていった。
でも、今は……。
文字を打とうとする手が、わずかに震えることに気付いた。
ぎゅっと唇を噛む。
返事が来なかったら?嫌われたらどうしよう?
動かないカーソルが、画面の中で無機質に点滅している。
もう僕のことなんて、ほとんど覚えてないんじゃないか。
先輩。優しくて勉強家で、半分こした肉まんが、熱すぎて『やけどする〜』ってはしゃぎあった、お茶目な先輩。
──やっぱり、先輩と話したい。
送信ボタンを押す自分の気持ちは、今年でいちばん晴れやかだった。

1/26/2023, 3:46:45 PM

『麻衣ちゃん』

私を呼ぶ優しい声。心にすとんと落ちて、ほっとするような、胸が暖かくなるような声。
愛情のこもった声色で私に話しかけるのは、誰だったっけ──。

「……っ」
急に意識が浮き上がった。雨の日に窓を開けたみたいに、音が戻ってくる。
反射的に辺りを見渡した。綺麗に整えられた黒髪に青の洋服。いない。どこにもいない。バラバラに置かれた絵本。破られた画用紙。私が昨日使って、しまわないままに放っておいたんだ。
……こんな狭いおもちゃのテントの中になんて、いる訳ないのに。
胸がずきりと痛む。

『……おいてめぇ、今何つった!?』
パパの怒鳴り声。椅子が倒れる音に、皮膚と拳がぶつかり合う鈍い音。
思い出しちゃダメだ。
鼻がツンとする。目頭が勝手に熱くなって、私はギュッと目をつむった。
『大丈夫よ』
真っ暗いまぶたの裏側に、彼女の姿が浮かんだ。
いつもと同じ、こちらを気遣うような安心させるような優しい笑顔。
駆け寄った私に、彼女はそう言ったんだ。

彼女と話すのは大好き。私はお母さんがいないけど、彼女はまるで、ほんとのお母さんみたいだった。優しくて、あたたかい。
そばにいると、なんだかすっごくぽかぽかした気持ちになる。
もっと一緒にいたい。もっとたくさんおしゃべりしたかったのに。

唇を噛む。胸の前でギュッと拳を握り締めた。

私のせいだ。
私がお義母さんと仲良くするせいで、お義母さんはいつも酷い目に合うんだ。
私が何も話さなければ……。
閉じた目から涙が溢れ落ちる。

彼女の優しい笑みがいつまでもまぶたの裏に残っている気がして、私はテントの中で膝を抱えてうずくまった。

「お義母さん…‥
会いたいよ……」

窓の外は小雨がしとしと降り始めていた。

1/23/2023, 5:20:37 PM

僕と彼女は桜の木の下に立ってた。桜の木の下に彼女。向かいに僕。花びらが舞って、彼女の美しく整えられた髪を揺らす。
柔らかく微笑まれた唇がゆっくりと開かれたその瞬間、バチン、と世界が途切れた。

じんわりと浮上する意識に、チャイムの音が鳴り響く。『やべ』慌てて椅子を引きずる音にバタバタという複数の足音。席に座る衣擦れの音。

……この夢を見るのは、もう何回目だろう。
いつもそうだ。あの子。丁寧に切り揃えられた黒髪に目の下の泣きぼくろ。
彼女が返事をする、まさにその瞬間に夢は終わってしまう。
返事を聞く、ただそれだけなのに。
「……できないんだよなぁ」
机に突っ伏したまま呻いて、ゆっくりと身を起こした。

そうだ。
僕は彼女が好きだ。
この学校に来て初めて彼女を見た時、頭に電流が走ったような気がした。僕の中では本当にそうだったんだ。
クラスも全然違う。話したことすらない。話せる訳がない。一体どうやって話しかけろというんだ?小学校までろくに女の子と話したことすらない僕に。

授業が終わり、のろのろと緩慢な仕草で扉を開ける。
「……ね、ほんとに行っちゃうなんて……」
「信じられない……」
授業終わりにごった返す廊下、いつもは気にならない女の子達の声が妙に頭に入ってきた。彼女達の視線の先に自然と吸い寄せられる。
窓の向こう。桜の木。二人の人影が歩いているのが見えた。先生らしき人に連れられているのは、見慣れた黒髪。
床を蹴る。階段を一足飛びに駆け降りる。上履きがリノリウムの階段と擦れて耳障りな音を立てる。
「……あの!」
桜の木の下、彼女が振り返る。涙の跡がうっすらと頬に残っている。大きな瞳が僕を捉え、わずかに見開かれた。


「あんなこと言うと思わなかったよ」
ひとしきり笑ったあと、彼女は白い息を吐き出して、僕に微笑んだ。
「『友達になりたい』なんてさ。君が私を好きなことなんて、皆知ってたのに」
「え、嘘」
「ほんと」
彼女は悪戯っぽく笑い、脱力する僕に腕を絡ませた。
視線が交錯する。
満足気に微笑む彼女は、夢の中の彼女よりずっと綺麗だった。