僕と彼女は桜の木の下に立ってた。桜の木の下に彼女。向かいに僕。花びらが舞って、彼女の美しく整えられた髪を揺らす。
柔らかく微笑まれた唇がゆっくりと開かれたその瞬間、バチン、と世界が途切れた。
じんわりと浮上する意識に、チャイムの音が鳴り響く。『やべ』慌てて椅子を引きずる音にバタバタという複数の足音。席に座る衣擦れの音。
……この夢を見るのは、もう何回目だろう。
いつもそうだ。あの子。丁寧に切り揃えられた黒髪に目の下の泣きぼくろ。
彼女が返事をする、まさにその瞬間に夢は終わってしまう。
返事を聞く、ただそれだけなのに。
「……できないんだよなぁ」
机に突っ伏したまま呻いて、ゆっくりと身を起こした。
そうだ。
僕は彼女が好きだ。
この学校に来て初めて彼女を見た時、頭に電流が走ったような気がした。僕の中では本当にそうだったんだ。
クラスも全然違う。話したことすらない。話せる訳がない。一体どうやって話しかけろというんだ?小学校までろくに女の子と話したことすらない僕に。
授業が終わり、のろのろと緩慢な仕草で扉を開ける。
「……ね、ほんとに行っちゃうなんて……」
「信じられない……」
授業終わりにごった返す廊下、いつもは気にならない女の子達の声が妙に頭に入ってきた。彼女達の視線の先に自然と吸い寄せられる。
窓の向こう。桜の木。二人の人影が歩いているのが見えた。先生らしき人に連れられているのは、見慣れた黒髪。
床を蹴る。階段を一足飛びに駆け降りる。上履きがリノリウムの階段と擦れて耳障りな音を立てる。
「……あの!」
桜の木の下、彼女が振り返る。涙の跡がうっすらと頬に残っている。大きな瞳が僕を捉え、わずかに見開かれた。
「あんなこと言うと思わなかったよ」
ひとしきり笑ったあと、彼女は白い息を吐き出して、僕に微笑んだ。
「『友達になりたい』なんてさ。君が私を好きなことなんて、皆知ってたのに」
「え、嘘」
「ほんと」
彼女は悪戯っぽく笑い、脱力する僕に腕を絡ませた。
視線が交錯する。
満足気に微笑む彼女は、夢の中の彼女よりずっと綺麗だった。
1/23/2023, 5:20:37 PM