あの人を笑顔にする結果が出せればそれでいいのだよ
松平は私が気負いすぎないように背をさする
私は君が笑顔になってくれると嬉しいのだけど
君は、私があの団子屋の小娘を愛していると?
そう考えているのだろうな
さぞ、わかりやすい、単純な男だ
キセルに口を当て、その息を吹きかけても
この鈍感男はなーんにも理解ならんのだ
ただただ、けむいけむいとむせて手で仰ぐだけだろう
この本は、君に宛てたラブレターのようなものなのに
小雨のことを考えると
行ったこともない景色が思い浮かぶ
そこは、博物館や、美術館、葬式場のような
白くて、清潔感があって
静かで
全てを受け入れられるような所で
透き通った窓の外には
言葉で表しがたい
植物がたくさん生えている
森の入り口か、最中か
自然と、その中に入りたいと思ったことは無い
この、白色の壁とガラス越しに見透かすのが
丁度いい美しさで
それ以上近づいたら、戻ってこられなくなりそうで
そんな事を今思うとぼんやり感じ取っている
ただ、その景色のみを感受している
一度、現実でも出会えないだろうか
薄暗くて、しかし温かい
そんな中に二人で沈む
ピアノを持ち出して
踊ってよ、と軽く鍵盤を洒落たように引くと
彼女は嬉しそうに
椅子を立って、彼女持ち前の眼鏡を外した
そして私に眼鏡をかける
視力に差異はないので支障はない
普段から見たくない現実を見ないように
フィルターをかけているだけ
眼鏡をかけて曲を弾いて
彼女が楽しそうに歌って踊る今
この瞬間はフィルターをかける必要もなく
ただゆっくりとこのぬるま湯に浸かりたい
ああ、彼女はいつぞやのパリジェンヌのよう
ヒールを履きながらも華麗に踊る
桜が散るようだ そして川に落ちて流れてゆく
ずうっと眺めていたい
俺はあの男が憎いのだ!
さぞ寒かろうと
私にマフラーを渡す男が
要らないと申してもいやいや、寒かろやと
首元に巻かれる
ましてや、腹にカイロも突っ込まれる
明日こそあいつを押しのけてやろうか
同じ年のクセして
大人ぶって、俺を可愛がろうとしやがって
その学生帽そいでやろうか
タッパも俺に近づくだろう
そのいたいけな顔やまつ毛や眉の形も愛しや
と、触るその手を剥いてやろう
ああ、無性に腹が立つ!構わないでくれ!
眠る
覚める
身体は寸分たがわぬ筈だが
どこだか変わってるように感じる自分がいる
窓を開けて朝の冷たい風を顔に浴びる
醒める
何処やらで読んだ本によると
私の体の細胞は一日ごとにまるっきり変わる
つまり別人なのだが、
脳の中での記憶が受け継がれている
故、意識は繋がったように見えるとのこと。
なんだか私が私ではないようだが
受け入れる他あるまい。