『はじめまして』
と、言う場面が無い。
それほど、人との交流をしていない自分に気付かされた。
でもね、もうひとつ気がついたの。
最近始めたこのアプリ。
毎日、何人もの人と「はじめまして」をしているって。
お互い、直接的に言葉を交わしあうわけではないけれど、出会う文や言葉は、とても新鮮で刺激的。
はじめましてが、こんなに素晴らしいものなのだと。
だから、私は、今日も書きます。
『涙』
山奥で突然命を絶たれた。
その後、神のような存在が現れて、一つだけ「記憶」をあの世へ持ち帰って良いと言われた。
私は、最後に見た「青」の記憶を選択したのだが、なぜか白色の世界へ飛ばされた。
そして、「七色」に染まる池を見つけたが、それは、暗くて冷たい色ばかりの底なし沼のよう。どうにか「青」の世界を創りたくて、色をかき混ぜてみるのだがなかなか出来ない。
白色があれば希望が見えるのに。
私は、あきらめて白い世界に埋もれていった。
どのくらいの時間が経ったのか。
ーお父さん…
すぐ側にある沼から聞こえる声に飛び起きた。沼に張り付いている色をどうにかかき分けていくと、底に風景が見えてきた。
緑の木々が広がる深い山の中。道もなく草が生い茂る果てのない荒野。
これは、現世を見ているのかもしれない。
複数の人が見える。老夫婦は、草むらに座り込み肩を揺らしてうずくまっている。それから、女の子とその母親らしい二人組は、じっと立ったまま涙を流し続けている。
ーお父さんー
聞こえるのは、涙交じりのか細い声。
なぜ泣いているのだろう。
ーバカな子ね…
聞こえるのは、涙交じりのあきらめの声。
悲しくて泣いているのだろうか。
ーどうして…
聞こえるのは、涙交じりの戸惑いの声。
私には涙の理由はわからなかったが、それぞれ、人によって感情が違うのだと思った。
「青」以外、現世での思い出も記憶もない自分なのだが、この人たちの涙は、私の心を強く惹きつけた。
すると、沼の表面に波紋が広がった。それは、いくつもの輪になってまるで花火のようだった。
いつのまにか、私は大粒の涙を流していた。そして、輪の中心に向かって、そっと震える手を伸ばした。
#ショートストーリー#1-3「涙の理由」
『春爛漫』
昼のワイドショーで、桜の話をしていた。
老木の桜は、もう大きくならないと分かったら、豪華な花を咲かせることに集中するらしい。
若い桜の木は、花にはあまり関心がなくて、とにかく成長したいという思いが強いらしい。
テレビの中の誰かが、「春爛漫ですね」と言っていた。
一日中ソファーで寝そべりながらテレビを見ている自分は、若いのか老いているのか、自問自答してみる。
そして、私は、意を決して外へ出た。
忘れかけていた「春爛漫」を感じたくて。
『七色』
最後に見た記憶。
手を伸ばした先にある、どこまでも続く青空。まばゆい青にどんどん引き寄せられ、私の体は浮上していった。
ああ、気が遠くなる。
気がつくと、周りは何もなかった。人もいなかった。天井も床も白色に統一され、例えるなら「無」に近い世界だった。
ここは天国か地獄か。
しかし、キラキラとした物が遠くにあるのが見え、私はすがる思いで走った。ふわふわした道を音もなく走った。
行き着いた先にあったのは、小さな池だった。茶色、黒色、灰色…。七色の、暗くて不気味な色を映し出していた。
これは、底なし沼に違いない。
私はゴロンと仰向けになり、真っ白な空をじっと睨んだ。
私は、現世で悪いことをしていたのだろうか。記憶が、最後に見た「青」以外何もないのだ。
そうだ、あの「青」を創ってみよう。七色を混ぜ合わせればできるかもしれない。
私は、沼に手を入れ、ぐるぐるとかき混ぜてみた。しかし、色の層は一瞬動くのだが、すぐに元通りになってしまう。何度もやってみたが無駄だった。青色にならない。
神は意地悪いことをする。
私はまた仰向けになった。頭上にある白色が、うらやましく見える。あの色があれば、きっと希望が見えてくるに違いないのに。
私はいったい、現世でどんな生き方をしてきたのだろうか。
頭がぼんやりとしてきた。
ああ、もう何も考えられなくなる。
白色をつかもうと、私は震える手を上へと伸ばした。
#ショートストーリー#1-2「記憶の中の青」
『記憶』
木々が生い茂る山奥で、突然、事故に遭い、私は命を絶たれた。
すると、神のような存在が現れてささやいた。
「あの世に持っていける記憶は、一つだけだ。さあ、選ぶがよい」
私は、昔の記憶を巡らせた。
小さくてかわいい娘との楽しかった日々。
一目惚れするほど美しかった妻との10年間。
苦労して私を育ててくれた両親との日常。
どれも素晴らしい思い出で、一つに絞ることなど出来そうにない。なぜ神は意地悪い事を言うのだろうか。
私の頭は、モヤがかかったように少しずつぼんやりとしてきた。
ああ、もう時間がないのだな。
最後まで自分は一人なのだな。
そもそも孤独になってしまった原因は、自分にある。
ギャンブルして借金して、転職を繰り返して。良い父親でも夫でも息子でもなかった。だから、みんな、私から離れてしまった。
そうだ、そんなろくでもない自分の記憶は、持っていかないほうがよさそうだ。
私は、樹木の間から垣間見える空に向かって、震える手を伸ばした。
最後の記憶は、これがいい。
どこまでも青い空。
#ショートストーリー#1-1「最後の記憶」