『涙』
山奥で突然命を絶たれた。
その後、神のような存在が現れて、一つだけ「記憶」をあの世へ持ち帰って良いと言われた。
私は、最後に見た「青」の記憶を選択したのだが、なぜか白色の世界へ飛ばされた。
そして、「七色」に染まる池を見つけたが、それは、暗くて冷たい色ばかりの底なし沼のよう。どうにか「青」の世界を創りたくて、色をかき混ぜてみるのだがなかなか出来ない。
白色があれば希望が見えるのに。
私は、あきらめて白い世界に埋もれていった。
どのくらいの時間が経ったのか。
ーお父さん…
すぐ側にある沼から聞こえる声に飛び起きた。沼に張り付いている色をどうにかかき分けていくと、底に風景が見えてきた。
緑の木々が広がる深い山の中。道もなく草が生い茂る果てのない荒野。
これは、現世を見ているのかもしれない。
複数の人が見える。老夫婦は、草むらに座り込み肩を揺らしてうずくまっている。それから、女の子とその母親らしい二人組は、じっと立ったまま涙を流し続けている。
ーお父さんー
聞こえるのは、涙交じりのか細い声。
なぜ泣いているのだろう。
ーバカな子ね…
聞こえるのは、涙交じりのあきらめの声。
悲しくて泣いているのだろうか。
ーどうして…
聞こえるのは、涙交じりの戸惑いの声。
私には涙の理由はわからなかったが、それぞれ、人によって感情が違うのだと思った。
「青」以外、現世での思い出も記憶もない自分なのだが、この人たちの涙は、私の心を強く惹きつけた。
すると、沼の表面に波紋が広がった。それは、いくつもの輪になってまるで花火のようだった。
いつのまにか、私は大粒の涙を流していた。そして、輪の中心に向かって、そっと震える手を伸ばした。
#ショートストーリー#1-3「涙の理由」
3/30/2025, 5:27:12 AM