『記憶』
木々が生い茂る山奥で、突然、事故に遭い、私は命を絶たれた。
すると、神のような存在が現れてささやいた。
「あの世に持っていける記憶は、一つだけだ。さあ、選ぶがよい」
私は、昔の記憶を巡らせた。
小さくてかわいい娘との楽しかった日々。
一目惚れするほど美しかった妻との10年間。
苦労して私を育ててくれた両親との日常。
どれも素晴らしい思い出で、一つに絞ることなど出来そうにない。なぜ神は意地悪い事を言うのだろうか。
私の頭は、モヤがかかったように少しずつぼんやりとしてきた。
ああ、もう時間がないのだな。
最後まで自分は一人なのだな。
そもそも孤独になってしまった原因は、自分にある。
ギャンブルして借金して、転職を繰り返して。良い父親でも夫でも息子でもなかった。だから、みんな、私から離れてしまった。
そうだ、そんなろくでもない自分の記憶は、持っていかないほうがよさそうだ。
私は、樹木の間から垣間見える空に向かって、震える手を伸ばした。
最後の記憶は、これがいい。
どこまでも青い空。
#ショートストーリー#1-1「最後の記憶」
3/25/2025, 2:29:24 PM