【閉ざされた日記】
【創作】【宵(よい)と暁(あかとき)】
1/16 PM 10:00
閉ざされた日記
夜明けの庭園
菊は舞う
幻燈のチューリップ
ROM専
Night. Night. Sleep tight.
情熱展覧会
黒鍵
細粒10%
白雪姫はキスを待たない
猫のプリンセス
乾燥機・ふんわりキープ
――ローテーブルに置かれている紙に
書かれた謎の文字列。
筆跡には見覚えがあり過ぎる。
「……何? このメモ」
「……暁が考えた、いつかオレが書くかも
しれないミステリーのタイトル候補」
ソファに座っていた真夜(よる)が
読んでいた本から顔を上げて答える。
「久しぶりにこの推理小説読み直そうと
思ったら、挟まってた」
「……最初の方は確かにタイトルっぽいわね。
『幻燈』なんて、暁にしては難しそうな
言葉使ってるし。
『ROM専』辺りから、おかしくなってきてる
気がするけど」
「オレは読むのが好きなだけで書かないよ、
って言ったら、それもタイトルになりそう!
って嬉々として記入してた。
『白雪姫はキスを待たない』『猫のプリンセス』
は、宵好みな感じにしたかったんじゃない?」
「ミステリーっぽさから、かけ離れちゃってる
じゃない……。
特に最後の『乾燥機・ふんわりキープ』は
なんなのよ、適当過ぎるでしょ」
「ああ……それは完全にただのメモだから。
洗濯物、乾燥機に入れるの忘れないように
書きとめてたんじゃなかったかな」
プロの作家でも、さすがに最後のを
タイトルにするのは無理だよ、と
言いながら真夜が笑う。
きっと必要になることはないタイトル候補。
でも、ずっと真夜のお気に入りの推理小説に
挟み続けられるのは間違いない。
【木枯らし】
【創作】【宵(よい)と暁(あかとき)】
1/16 PM 4:20
「ちょちょっ、待っ…真夜(よる)くんっ、
この曲なに!? 静かに始まったと
思ったのに急に激しい……!」
「ああ……暁の前では弾いたことなかったかも
しれない。『木枯らしのエチュード』だよ」
「こ、が、ら、し、の、エ、チュー、ド……。
うわぁ……譜面検索したら
気持ち悪いくらい細かい。
真夜くんの指の動きもどうなってるの……」
「まぁ……正確で速い動きを練習するための
曲だろうから……」
「木枯らしにしては激し過ぎるし、
練習曲にしては壮大で鬼難過ぎない?
よく喋りながらこれが弾けるね……」
「いや、結構ミスタッチしてる」
「わたしにはどこがミスか全然わかんないよ~。
……この曲、有名?」
「どうだろう……。エチュードなら、
一般的にはこっちの方が有名かな」
「あ! 知ってる知ってる。『革命』だ」
「暁が好きなのはこれ。『幻想即興曲』」
「あ~、うんうん、好き。
ずっと耳が気持ちいいよねぇ、この曲」
「宵はこれ。『ノクターン 第2番』」
「ふふ。宵ちゃん実は甘いメロディーの曲
好きだよね。真夜くんが好きなのは?」
「オレは……弾くのが楽しいのは
『英雄ポロネーズ』。
この辺りまで来ると知ってるフレーズ
だと思うけど」
「うん、ここから知ってる。……でも
ちょっと意外。『別れの曲』とかの方が
真夜くんのイメージに合うっていうか」
「弾くのが楽しいのと、聞くのが好きなのは
また別だから」
「そっか~」
「……ショパン祭してるとこ悪いんだけど、
そろそろ休憩終わりにして、練習再開
するわよ、暁」
「あ、ごめんねしぃちゃん。つい真夜くんの
ピアノに夢中になっちゃった」
「気持ちは分からないでもないわ。
正直、ここまで弾ける星河(ほしかわ)くんに、
うちの合唱部の伴奏をお願いしてるのは
申し訳ないくらい。
コンクールに出る特訓したりしないの?」
「? ……ピアノはただの趣味だから」
「趣味の域、超えてると思うけど……」
【美しい】
【創作】【宵(よい)と暁(あかとき)】
1/16 PM 0:10
「みんなに質問があります」
学食の席に着くと、
古結(こゆい)がそう切り出した。
「……何よ、改まって」
「『美しいもの』ってなんだと思う?」
「……美しいもの」
宵が促し、古結が答えて、真夜(よる)が
復唱する。いつもながら、連携プレーの
ように鮮やかだ。
「あのね、今朝見た占いのラッキーアイテムが
『美しいもの』だったの。
でも、美しいの基準って人それぞれなんじゃ
ないかなぁって思って。
そんなふわっとしたものをラッキーアイテム
です! って言われても困っちゃう」
「なるほどな」
「だからみんなにとっての『美しいもの』は
何かな~って聞いてみたくなって。
はい、天明(てんめい)くん」
「俺からか。――中村俊輔のフリーキック」
「おお~、さすがサッカー部。次は宵ちゃん」
「急に言われても……――猫の瞳?」
「あ~、不思議だし綺麗だよね。真夜くんは?」
「宵」
「うん、わたしも揺るぎなくそう思ってるけど、
そこをなんとか今回は宵ちゃん以外で」
一瞬、宵が何か言いかけたが、
結局口を噤んだ。
多分、言うだけ無駄だと思ったんだろう。
「…………。……推理小説」
「つまり、ロジックが美しいっていうこと?
すごく真夜くんらしいねぇ」
「……それで? 暁はなんなの?」
「宵ちゃん」
「ツッコミ待ちか?」
「……宵以外だと?」
「ショートケーキの断面!」
にこやかに古結が断言する。
本当に、『美しい』の基準は人それぞれで、
あまりにも範囲が広い。
(……俺も一回、『宵』って答え、
挟めば良かったのか?)
なんとなく、古結だけは
とても喜びそうな気がした。
【この世界は】
【創作】【宵(よい)と暁(あかとき)】
1/14 PM 3:15
「えーと……この世界はね……」
「お茶入ったわよ。少し休憩したら?」
「ありがとー、宵ちゃん。
じゃあ、休憩してから、こっちの
ゲーム始めよう、真夜(よる)くん」
「了解」
「さっきやり始めたゲームはもう終わったの?」
「ある意味終わったよ……。
まぁ、真夜くんには普通のギャルゲーが
向いてないの、前からなんとなく分かってた
けど、今日改めて思い知ったというか。
だから次は妹育成ゲームをやってもらおう
かなって」
「……アタシも昔から疑問だったんだけど、
なんでアンタは女の子を攻略したり
育成したりするゲームを持ってるのよ」
「ん~……基本的に、キャラクターを攻略する
要素があるゲームが好きなの。
女の子でも男の子でも、推しの子は
出来るものだし。だからギャルゲーも
乙女ゲーもどっちもやりたいんだよね」
「育成ゲーでも攻略要素あるのか?」
「あるよ~、真夜くん。
この世界は設定がファンタジーな感じで、
育て方によって妹は魔法が得意になったり、
剣技が得意になったりして、それによって
出会うキャラとのエンドがあったりするの」
「ああ、妹のために妹の好きなキャラを
攻略するってことか」
「……でも、真夜くんがたどり着きそうなのは
妹との結婚エンドな気もするけど……」
「どういうことよ……」
「血が繋がってない妹だからセーフ?」
【どうして】
【創作】【宵(よい)と暁(あかとき)】
1/14 PM 3:05
『どうして』という言葉は、
問いかけるというより
感情をぶつけるために
使われる言葉のような気がする。
『どうしてやらなかったんだろう』
『どうしてやってしまったんだろう』
――後悔。
『どうして出来ないんだろう』
『どうして上手くいかないんだろう』
――苛立ち。
『どうして好きになってしまったんだろう』
――甘い痛みや絶望。
疑問を解消するためじゃない。
自分に、他者に。
心にある思いを吐き出さずにいられない時。
人は『どうして』という言葉を
選ぶのかもしれない。
「ねぇ、真夜(よる)くん。どうして」
この声のトーンは嘆きだろうか。
オレの手元を覗きこみながら、暁が呟く。
「どうして今、フラグへし折ったの!」
「え……、折れたのか?」
「折れたよー! バッドエンド直行だよ!
なんでそっちの選択肢にしたの~」
「……難しいな」
「難しいかなぁ……今のは《抱きしめる》
一択だったと思うけどなぁ……。
……真夜くんは、宵ちゃんとわたしには
すごーく気配り細やかだし優しいのに、
どうして他の女の子にはそのセンサー
働かないんだろう……」
「(大切か、どうでもいいかの差なんじゃ
ないかな、そこは)」
暁が持ってきたゲーム画面を見ながら、
もうひとつ気付いたことがある。
『どうして』という言葉を使うのは、
すでに手遅れな時なのかもしれない。