「1つだけ」
少しくすんだ白い天井をぼんやりと見ていた。ピントの合わない視界が、私の命がもう長くはないことを示している。
できるだけ、後悔しないような選択をして生きてきたつもりだ。もちろん、日々のちょっとした後悔はあるが、時を戻したくなるような大きな後悔はしないようにといつも考えていた。けれど1つだけ、後悔がある。それはあなたにきもちをつたえられなかったことだ。行き場のない思いは、今も私の中で燻り続けている。
「大切なもの」
ラジオから流れてきた曲に『大切なものを守るために』という歌詞があった。狭く暗い部屋で、灰色の天井を見つめながらその曲を聴いていた。そういえば、私の大切なものって何だろう。職場と家を往復するだけの生活で、恋人もおらず友達とも疎遠になった。家族ともたまにしか連絡を取らない。心から推しているアーティストも、帰って出迎えてくれる動物もいない。
そんな生活の中で、生活は空虚になり、守りたいと思える大切なものも消えてしまった。
大切なものがない日々は、あまりにも寂しい。
「エイプリルフール」
4月1日、朝8時。君から一通のメールが届いた。そこには一言、『別れよう』とだけ書いてあった。
4月1日は、世間ではエイプリルフールだ。エイプリルフールには様々なルールがあるが、基本的に嘘をつくのは午前中、午後はネタバラシの時間だと聞いたことがある。だから私は、君からのネタバラシを待った。きっとこのメールも嘘だと思ったから。
でも、待っても待っても何のメッセージも来ない。月が顔を出し、21時になっても22時になっても変化はない。それでも信じて待ち続けた。スマホを握る手が一人でに震え始める。
とうとう23時55分になった。君は、本気だったのだろうか。『ごめんね、あれはエイプリルフールの嘘だったんだ。びっくりした?』
そんなメッセージが来るんじゃないかと、何度も何度もメールを開く。けれど何も届かない。
23時59分。視界が滲む。溢れ出した雫が静かにスマホの液晶を濡らした。
エイプリルフールが、終わる。
「幸せに」
久々に届いた君からのメッセージは、君の結婚を知らせるものだった。
私たちは、きっとお互いに好意を持っていた。しかしついにどちらも告白することなく卒業し、連絡を取ることもほとんどなくなった。
『おめでとう。お幸せにね。』
短く返事を送る。
私は結局、君のことを好きだったのだろうか。あの時曖昧にしてしまった気持ちは、もう分からない。ただ、胸の奥の痛みだけが嫌な余韻のように体に響いていた。
「何気ないふり」
私の位置とは反対側に視線を移して、何気ないふりで君は私の手を握った。君の手は思っていたよりも暖かくて、思わず君の方を見てしまいそうになる。でも必死にそれを抑えて、私も君とは反対の方向を見て何気ないふりをしながらゆっくり君の手を握り返した。少しでも反応してしまったら君がこの手を離してしまうんじゃないかと思って。
恥ずかしがり屋で勇気のなかなか出ない二人は、今日も目を逸らし何気ないふりを装いながら距離を縮めていく。
全身が熱いのを感じながら、ずっとこのままでいれたらと思った。