『一輪の花』
色褪せた物に、同じような仮面をつけた人間達。
目は垂れさせ、異様に釣り上げた口を見せながら紡ぐ言葉は全て薄っぺらい。
―――いやぁ…本当に素晴らしい!《もっと近づいて有名に…》―――
――なんて素敵なのかしら!ご一緒にお茶をしていただきたいわ《この人と結婚したら、玉の輿!玉の輿っ…!》――
見え透いた世辞に、耳障りな甘ったるい声が余計俺の世界を灰色に染めていく。
何故皆こう笑うのかわからない。
俺には当たり前の事すら皆にはわからない。
物事全て一度聞けば簡単に学べるのに、感情に関しては何度言われたってわからない欠陥だらけ。
「なんとなくでもいい。お前にだって綺麗だなって思う花があるでしょう?まずはそこから見つけて、なんで自分はそれを選んだのか考えてみればいいんじゃない?」
自分には感情が無い。なんて、零した言葉に彼女平然と生け途中の花を指さす。
不意に見せた彼女の何気ない微笑みに視線が彼女から離せなくなる。
俺、最近こういう事が多い。
いつも真剣に生ける彼女の姿と、彼女が生ける花をみるとよくわからない感情がざわついて、説明出来ないモヤモヤが広がってどうしたら良いかわからない。
「そんな事からわかる?なら…。」
彼女が綺麗に切った色とりどりの花。
その中から星の形をしたの気高く凛とした紫の花を一輪手に取る。
桔梗。
今は分からなくとも、彼女と同じ名前の花は自分の何かを変えてくれる。
そんな気がする。
『魔法』
転んで泣く私に母は微笑みながら
「痛かったね〜。でも、あなたは強い子。ほら痛いの痛いの飛んでけ〜。ほら、痛くなくなったでしょ?可愛い笑顔みせて?もう笑顔で立てるかな?」
いつもそう言ってくれた。
あんなに痛かったのに母に言われるだけで強くなれたし、痛くも無くなった。
魔法使いみたいな母。
大人になって母となった今、私は君の魔法使いになれるかな?
『あなたは誰』
ねぇ、こんな話を聞いたことない?
西棟2階、階段の踊り場にある鏡の前を黄昏時に通ってはいけないんだって。
黄昏時のオレンジ色が鏡のあちらとこちらをわからなくして、出会ってはいけない者に見つかってしまうから。
それでも、どうしても鏡の前を通らなきゃならない時は決して鏡に背中を向けないように。
さもないと……
アナタハダアれ?
興味を持ったあのコに引きずり込まれてしまうんだから――
『手紙の行方』
手紙を書いてみた。
今時手紙だなんて…。とか思うかもしれないが書いてみると思いのほか楽しい。
今日はこんな事があったぞとか、こんな物が好きだなんて書いてみると不思議と読んでくれた相手もどんな事が好きなんだろかなんて想像するから。
さて。書けた所で"宛名の無い手紙専用ポスト"へ持っていこう。
この俺の手紙を読んでくれるのは、一体どんな人物なんだろうな。
知らない人へランダムで届く文通サービス。
どんな人物へ届くか本人にも分からない。
俺にも手紙の行方がわからないからこそ手紙の行方に思い馳せる。
『君の声がする』
風に運ばれた桜の花びらが足元でダンスをして、再び遠くへ運ばれていく。
俺が花びらのダンスに誘われて視線を上へ向けると、頭上には淡いピンクの空が広がっていた。
満開のさくらに思わず足を止め、ちらちらと舞い落ちる桜をぼーっと眺めながら今ここにいる俺を見たらあいつはどう思うかなんて思う。
クタクタのスーツを着て、夢も生きている意味すらみいだせないまま、ただただ同じ毎日を過ごす俺を。
あの頃は将来はもっと希望に満ちていて、あいつとも頻繁にはあえなくとも、たまに酒を飲みながら愚痴を言いあえる。
そんな腐れ縁が続いていくそう思ったのに、ある日あいつは不慮の事故で俺を置いていった。
『俺めっちゃいい案浮かんだんだ!お前のイラストに大活躍してもらうつもりだから、明日学校で話そうぜ!』
前日にそんなメッセージを貰ったから楽しみにしていたのに、飛び込んできたのはいい案どころか人生最悪のニュース。
あいつ、俺が絵を描くと誰よりも喜んでくれたんだ。
なのに…なのに…。
俺が別の行動をしていたらあいつは救えて、今も元気で俺も、あいつが好きって言っていたイラストも描き続ける事が出来たのだろうか?
そんな事を何度も思ってしまっては、手が震えて褒めてくれた絵すら描けなくて、夢も熱量もない会社で上司にどやされながら同じ作業をやり続けてる。
―――あの日話せなくてごめんな。
俺お前のイラスト世界一だと思ってる!だからさ……もっと俺に見せてくれよ―――
突然の突風。巻き上げられた花弁でピンクで染められた視界の中ふと、声がした気がした