朝はまだかまだかと待ち焦がれながら窓辺に立つ。
今日も、夜から逃げ出すように朝を追いかけている。地平線からほんのりと光が洩れる。嗚呼。
暗い場所は嫌いなの。蛾のように光を求めて、けれども、ここで、動けないまま。
夜明けを待っている。
テーマ「夜明け前」
恋人と別れた。わたしのこと、本気で好きじゃなかったんでしょ、というナイフとともに、あっけなく終わりを迎えたのが昨日のこと。
彼女を愛おしいと思っていた。大切だとも。けれど、この想いはどうやら彼女には伝わっていなかったらしい。翌日はさぞや最低な気分の朝を迎えるだろうと思っていたのだけれど、目覚めは殊の外快適で、心は不気味なほどに凪いでいた。
――本気で好きじゃなかったんでしょ。
……そう、なんだろうか。
そうではないはずだ。確かに大切にしていた。けれども。揺れる様子のない心の水面に、一縷の不安を感じていた。これが偽物の恋だというのなら。あの安らぎは、ぬくもりは。一体何だったというのだろう。
本当に、ぼくは君を愛していた。これが本気の恋でないというのなら。
きっと、ぼくに恋はできない。
テーマ「本気の恋」
大切な日には、丸を。本当はハートマークにしたかったけれど、気恥ずかしいので、すこし、歪な丸。
大切な日は増えていく。大切な誰かの誕生日だとか、記念日だとか、色々。
今日も、とても嬉しいことがあった。だから、今日という日に丸をつける。来週も、大切な約束ができたので、大切に、大事に、丸をする。
そうして大切な日に大切なんだという印をつけて、また、捨てることのできないカレンダーが増えるのだ。
テーマ「カレンダー」
ぼくの彼女は髪が長い。そして、とても綺麗だ。艶々で、ツルンとした黒髪を背中の中ほどまで伸ばした彼女は、凛とした佇まいでとても美しい。だからぼくはいつも彼女の髪を褒めていた。もちろん、髪以外も。彼女はとても素敵な女性なのだ。
ぼくはたびたび、そんな彼女の髪を梳かしてもらっていた。梳かすといっても、普段から手入れの行き届いた上質の髪に一点の曇りもない。ないので、櫛通りもまるで空を梳かしたような心地で、櫛の必要すら無さそうな髪だった。
あくる日、ぼくに稲妻が走った。だって。なんと。
彼女が! 髪を切ったのである!
その時のぼくの衝撃といったら。ショック過ぎて震えながら彼女に理由を問うと、彼女は少しだけ申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「知り合いの子が病気で髪の毛が抜けちゃってね。その子、いつもわたしの髪の毛を褒めてくれてたから。わたしの髪の毛でウィッグを作ってプレゼントすることにしたの。……相談もなくやってごめんね?」
その時、ぼくに稲妻が走った。二度目である。いや、だって。
彼女が! あまりにも優しい!
そんなの怒れるわけがない。いやそもそもぼくが勝手に執着しているだけで、彼女の髪を彼女がどうしようが彼女の勝手ではあるのだが。
短くなってしまった彼女の髪はそれでもやっぱりとても綺麗で、そしてとても似合っていた。櫛で梳かすというぼくの楽しみは失われてしまったけれども。短髪の彼女もたまらなく美しいのだから、仕方がない。
仕方がないので、ぼくは今日も彼女の髪を褒める。短いのも似合っているよの言葉も忘れない。実際似合っている。
彼女の長い髪を梳くために買った、ちょっとお高い櫛の出番がしばらくは無いだろうことだけは、残念だけど。
テーマ「喪失感」
どうせ私なんてだなんて、言わないで。
わたしにとって、あなたはかけがえのない存在なのです。
あなたの声のぬくもりが、あなたのことばのぬくもりが。確かに、わたしの冷えた心を温めてくれたのだから。
数多の雑音のなか、あなたの声だけが、わたしの心を震わすの。
わたしの声は、あなたに届かないかしら。
届いたならば、どうか、応答して。
数多の願いに埋もれた細やかな願い。わたしが思い、わたしが祈る。わたしだけの。
――あなたがあなたを愛せるように。
テーマ「世界に一つだけ」