『一輪の花』
とあるひとり暮らしの者が、道端の花の可憐な佇まいに惹かれ、手折って部屋に飾った。エアコンの稼働する締め切った部屋で、花は冷風にもはかなげに揺れていた。
エアコンの冷気を逃すまいと換気は一切しない部屋。蟻の一匹も迷い込まない部屋。万一にも虫が現れたら速攻で駆除される。この部屋で、花は部屋の主とふたりきり。少なくとも部屋の主の意識のなかでなら、花と主はふたりきりだ。
だが翌日のこと。
花をいけた硝子の花瓶の底に、異物を主は見つけた。黄色みがかった球形。見る限り硬質のものではない。弾力を感じる球体はひとつきりではなく、ざっと十近くは数えられそうだ。
即座に主は花瓶ごと花を持ち出した。
夏の陽にじりじり灼かれるアスファルトに、主は花と水と球体を撒いた。そこに躊躇はなかった。
昨日まで姿のなかった、正体不明の卵状のものは、まるで花の不貞の証拠のようだった。追い払われた花は卵状のものと共に打ち捨てられた。
卵と思わしきものが卵である確証は何もない。
主は確かめる必要を感じなかった。その正体が知りたいわけではない。主は可憐な花を生活スペースに招き入れただけだ。招き入れたのはただ花一輪だけ。他のものは何であれ不快だった。
主は一顧だにせず部屋に戻る。
花と、正体知らざれる球体は、アスファルトの上で干涸らびるのをただ待つだけだった。
『魔法』
自分を大切になさい。
あなたの幸せを第一に求めなさい。
それは、あなたが幸せになるために必要なひとびとを、環境を、学びを――あなたが幸せになる条件のひとつひとつを、大切にすることにつながるから。
『君と見た虹』
それは虹。
これから君がわたる虹。
私はわたれない。少なくともいまは。
いつか必ず私も行くから、そのときは忘れず迎えにきてほしい。君は私の、可愛い末の妹だった。
これまでもこれからも、私を君の姉でありつづけさせてほしい。
何も云わずに君は丸まった尾を幾度も振った。
ぴんと立った凛々しい耳が私の声を聴いていた。
そこにない、眼に見えない、虹の橋を、そして君はわたっていった。
柴の姫。
迎えにきてよ、必ずだよ。
忘れないで忘れないから。
『夜空を駆ける』
夜の空を駆けるものは何もない。
月はゆるりと半球を巡る。オリオンも静かに夜をわたる。オリオンの連れた猟犬すら音一つ落とさない。彼らを追う夏の蠍も気配なく。
誰も夜天を荒らすことは許されていない。
夜は誰にも侵されない。
『ひそかな想い』
口に出さない。
知られることが恥ずかしいか。
想い実らぬのが怖いのか。
そうではない。そうではなくて。
単純に、口にすればその気持ちが現実となるからだ。見まいとしていたこの想いを、直視せねばならないからだ。
見なければ、気づかなければ、知らない顔をできるのに。
認めてしまえばこの奇異な感情が恋という名を得てしまう。
そんな気持ちで后は今日もしもべに眼差しを投げない。決して。