あかるあかり

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『一輪の花』

 とあるひとり暮らしの者が、道端の花の可憐な佇まいに惹かれ、手折って部屋に飾った。エアコンの稼働する締め切った部屋で、花は冷風にもはかなげに揺れていた。
 エアコンの冷気を逃すまいと換気は一切しない部屋。蟻の一匹も迷い込まない部屋。万一にも虫が現れたら速攻で駆除される。この部屋で、花は部屋の主とふたりきり。少なくとも部屋の主の意識のなかでなら、花と主はふたりきりだ。

 だが翌日のこと。
 花をいけた硝子の花瓶の底に、異物を主は見つけた。黄色みがかった球形。見る限り硬質のものではない。弾力を感じる球体はひとつきりではなく、ざっと十近くは数えられそうだ。

 即座に主は花瓶ごと花を持ち出した。
 夏の陽にじりじり灼かれるアスファルトに、主は花と水と球体を撒いた。そこに躊躇はなかった。
 昨日まで姿のなかった、正体不明の卵状のものは、まるで花の不貞の証拠のようだった。追い払われた花は卵状のものと共に打ち捨てられた。

 卵と思わしきものが卵である確証は何もない。
 主は確かめる必要を感じなかった。その正体が知りたいわけではない。主は可憐な花を生活スペースに招き入れただけだ。招き入れたのはただ花一輪だけ。他のものは何であれ不快だった。

 主は一顧だにせず部屋に戻る。
 花と、正体知らざれる球体は、アスファルトの上で干涸らびるのをただ待つだけだった。

2/24/2025, 11:26:11 AM